令和時代の医療経営 病院グループトップの描く未来と経営戦略

地域住民や患者のニーズに応え
「必要」「便利」と思われるグループになる

特集「令和時代の医療経営」
tumsグループ
・岡本和久氏に聞く

1993年に東京都江戸川区にクリニックを開業後、約30年で5病院、24クリニック、12特養、病児保育等を持つ病院グループに成長したtumsグループ。一代でこれだけのグループを築き上げた岡本和久理事長に今後の医療の方向性や同グループの戦略、成長に向けた秘訣を聞いた。

乳幼児から高齢者まで地域包括ケアシステムにつながる医療を提供


――医療ニーズへの的確な対応は病院経営における最重要課題の1つだ。岡本理事長は今後の今後の医療ニーズ、つまり求められる医療をどのように捉えているか。

 月並みだが、地域包括ケアシステムの構築につながる医療だと考えている。具体的に言うと、高齢者を対象とした救急医療と地域復帰に向けたリハビリや慢性期医療、在宅医療、そしてこれからも増える認知症医療だ。
 高度急性期の分野に関してはある程度確立されている。インターネットで治療や実績に関する情報はオープンになっており、患者さんが自分の望む医療を受けられる病院を探すのはそれほど難しくない。
 一方、高齢者の急性期医療やリハビリ、慢性期、認知症医療などに関しては、どこに行けば納得できる医療を受けられるのかわからない。
 この分野を担う病院の大半は、患者さんへの価値提供という点を明示できておらず、マーケティングや情報発信も遅れている。たとえば、最近、リハビリを派手に展開する病院グループがでてきているが、病院関係者の多くは批判的だ。ただし、患者さんから選ばれているという事実から目をそらしてはいけない。「求められる医療」を実践し、それが患者さんに伝わっているからこそ、支持されていると考えられるからだ。


――夜間・休日診療を行うかかりつけクリニックや在宅医療、認知症専門病院、リハビリテーション病院、特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、グループホーム、病児保育など、貴グループの事業展開はすべて地域包括ケアシステムを意識してのことか。

 1993年の開業当時、地域包括ケアシステムという言葉は意識していなかった。現在のインフラは、目の前の患者さんの状況を見ながら、ニーズを読み取り、機能を拡充させてきた結果だ。自分のやりたい事業と言うよりも、地域ニーズのあることだけをやってきたが、マーケティングの面からもこれが奏功したのかもしれない。
 たとえば、開業当初、周辺のクリニックは17時頃には閉めていたが、学校帰りや会社帰りの患者さんは受診しづらいと困っていた。そこで当院では19時まで診察することにした。そうすると後発組であったが、地域の患者さんからは最も支持されるようになり、24のクリニックを展開するまでに成長した。

 在宅医療や認知症に関しても同様だ。特に後者については、認知症になるかかりつけ患者さんが増え、ある患者さんが入院した精神科病院の状況を見て、「認知症医療を変える必要がある」とグループホームや認知症専門の川口さくら病院を開設した。
 保育園や病児保育室、乳児院などは保険医療とは異なるが、これらも診察を通じて、一部の子どもがおかれた環境の厳しさや危機的な状況を感じとったのがきっかけだ。
 今春、最成病院を事業承継し、幅広い年代の急性期医療を担う。さらに23年3月には江戸川区瑞江に高齢者の急性期医療を担うタムス瑞江病院を開院する。地域包括ケアシステムの集大成となる新たな挑戦だ。一人でも多くの住民の人たちに、診察券を持ってもらえるように進めていくつもりだ。

 

自分たちのサービスの質を上げれば地域全体の医療・介護の質が向上する


――病院の集約化が叫ばれるなかでの新病院、50年ぶりとなる乳児院の開設、いずれも困難なミッションだったが実行された。その原動力は何か。

 根底にあるのは「自分が行きたいと思える病院づくり」だ。これは私の開業の動機であり、今日でもいつも「どうしたらもっと患者さんに喜ばれるか」を追求している。医療は地域や患者さんに信頼されて“なんぼ”の仕事だ。地域や患者さんに本当に必要とされるものであれば、その事業自体は赤字でも、収益は別の形でついてくる。そのグループがなくなると「困る」という事業を展開していれば、必ず生き残ることはできる。だから、必要なものは周囲の反対や困難な壁があっても絶対にやりきる。

 そもそも夜間・休日診療についても当初は批判を浴びた。他のクリニックが手を抜いていると思われるからだ。しかし、結果はどうなったか。周囲のクリニックも足並みをそろえて診療時間を延長するようになったのだ。これがスタンダードになったことで、地域の患者さんの利便性は大幅に上がった。病院や介護施設についても同様、当グループがサービスの質を上げれば、周囲も同様にレベルアップを図ることになる。結果的に地域全体の医療・介護の質は高まるし、これを国全体に広げるのが私の願いだ。
 余談だが、新規参入を許さないという状況では競争も起きず、改革も起きない。既得権益者だけを優遇するような社会に未来はない。

 

25周年を機に新たな理念とビジョンを掲示し豊富な研修で人材育成にも注力


――貴グループの職員数は約4200人。これだけの規模になると、グループの価値観や考え方を浸透せるのは難しいと思うが、どのような工夫をしているか。

 1つは4年前のグループ25周年をきっかけに、「あんしんまごころ」「人を助ける人生を、選んだ」という新たな理念とビジョンを掲げた。
 これには医療や福祉にとどまらず、保育や教育分野にも携わる、地域社会を支える担い手としての誇りと自覚を持ってもらいたいとの思いがある。全員が「どうすれば患者さんに喜ばれるか」というグループの目標に沿う行動ができるように、理念や行動指針を意識したり、職場で確認し合ったりする機会を設けている。
 全員が高いモチベーションを持って仕事ができるよう、各種研修にも力を入れている。現在は専任部署として教育研修企画課を設置し、新卒者への3カ年の教育システム、キャリアアップにあわせた階層別研修、職種ごとのキャリアアップ研修、接遇マイスター制度など、人間性や社会性、リーダーシップなどを身に着ける「ヒューマンスキル研修」と、職種の専門性を高める「テクニカルスキル研修」を軸に人財育成を行っている。

 さらに公平性・透明性が保てる職能制度に基づいた人事・評価制度もある。評価や報酬の仕組みは公正で、複数の管理職によるクロスチェックで主観的な評価を避けるようにしている。
 そのほか、私は毎日グループの施設に顔を出し現場を見て回っている。院内の雰囲気や職員の表情などを確認しながら、「もう少しこうしたほうがいい」というアドバイスをしている。たとえば、今朝はあるクリニックで患者さんの目に入りづらい場所にポスターが貼られていたが、その点を指摘し改善を促した。
 基本的に人にどんどん仕事を任せることを心がけているが、きちんとできているかは確認する。施設数も多いのですべての現場を満遍なく回るというのは困難なため、その組織のガバナンスや患者満足度調査を基準に、問題がありそうなところを重点的に回るようにしている。当然、各施設の患者満足度調査の結果やクレームなどはすべて直接目を通している。部下の報告だけだと、どうしても「いい話」しか入ってこなくなる恐れがある。トップ自らが現場を回ることは重要だ。


――急成長を遂げる過程で、外部からも多くの人材を登用している。医療外の人材については「当たりはずれ」があるが、どのような人材が活躍と考えるか。

 1つは「自分の常識の枠にとらわれない」人だ。「仕事はこういうものだ」という自分の価値観や過去の経験に固執する、自分への「こだわり」が強い人は難しい。たとえば、最近の働き方改革にしても「プライベートを重視する若い人の考え方はおかしい」と、自分のやり方を押し付けようとする人がいる。しかし、豊かな世の中で育った若い人に、そんなやり方は通用しない。若い人たちの考え方を正論と受け止め、そのなかで高い成果を上げるための方法を考え、実行するしかないのだ。
 また、「嫌な仕事から手を付ける」という点も重要だ。一流企業出身者など、こうした仕事は下請け企業に任せていることもあり、意外とこれができない人が多い。エリートも同様、学生時代から苦手科目がなかったため、「嫌なこと」をしてきた経験がない人が多い。「嫌な仕事」からできる人かどうかは見極めの基準になるだろう。

 

予防医学も取り入れ健康管理から看取りまでの理想的な医療モデルの提供を


――貴グループは来年30周年を迎える。さらなる成長に向けて、どのような戦略を構想しているか。

 基本戦略は変わらない。地域住民や患者さんのニーズに応え、「必要」「便利」と思われるグループになることだ。今年度から高齢者の急性期分野にも乗り出し、地域包括ケアシステムの構築に取り組むが、もう1つ、健診を含めた予防医学の分野にも力を入れていきたい。いまだに「早期発見できていれば、大したことはなかった」という症例は多い。本来助かるはずの病気で死ぬことほど、ばかばかしいことはない。そうしたケースを何とかしたい。
 予防医学ができれば、急性期から在宅、予防まで一気通貫で行える体制ができる。健康管理から看取りまでの理想的な医療モデルをつくりあげ、全国に普及させていきたい。

 人口減少によって今後、働き手は減っていくため、限りなく少ない人員で仕事ができるような仕組みづくりにも取り組む。賃上げして人を多く集めるというのは難しいし、今後、これがきちんとできたところが勝つだろう。そのためには、DXが不可欠だ。現在、電話対応や受付、支払いなどは極力、自動対応できるようなシステムの整備を進めている。その一環として、実験的に医師1人、職員1人の2人体制でのクリニック運営にも挑戦している。
 規模の拡大が目的ではないが、教育研修やDXの充実などにかかるマネジメントコストを考えると、ある程度の規模は必要になるだろう。そのために成長は欠かせない。

 また、海外からの人材も積極的に受け入れている。グループ内で約220人の外国人が働いているが、非常に優秀だ。学歴がすべてではないが、早慶のトップクラスの卒業者と同クラスといっても遜色ない。すでに数人は管理職になっており、幹部としても育成していく予定だ。
 私が現在57歳で子どもたちはまだ10代で、そもそも医師になるのかわからない。そのため、創業者がいなくなっても組織体として継続性を確保できるようなグループをつくりあげていくのが現在の課題だ。上場企業などではこうした仕組みがきちんとできている。これからの10年、私が70歳になるまでに何とかできればと思う。

この人に聞いた
tumsグループ/理事長 岡本和久氏

1990 年千葉大学医学部卒業後、同大学医学部附属病院放射線科勤務。93 年に篠崎駅前クリニックを開院。医療法人桐和会を設立し、理事長に就任。2005年医療法人社団だいだい理事長、07年医療法人社団城東桐和会理事長、09 年社会福祉法人桐和会理事長、14 年社会福祉法人春和会理事長。

■ tumsグループ

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