介護業界深読み・裏読み
「物価スライド」を求める動きと
視野にある参議院議員選挙

介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!

収束しない物価高
介護報酬はあてにならず

本稿でも何度か触れたことがあるが、物価高はとどまるところを知らない。介護関係者からも悲鳴に近い声があちこちから聞かれる。関東のある特別養護老人ホームでは、たとえば米だけで7割ほど仕入れ値が上がったといい、関西では、全体で月100万円単位のコスト増が生じているという施設もあった。
このことについて、政府としては令和6年度補正予算を通じて「重点支援地方交付金」の拡充(推奨事業メニュー分6,000億円)を行うこととしており、いくらかの補填はなされる予定であるが、実質的な影響を補うには十分なものではない。

改めて言うまでもないが、介護施設・事業所の運営原資は、大部分が介護保険制度に基づく介護報酬である。国が法律に基づき額を定める「公定価格」であって、物品や人件費の相場がどう変動しようと、それに対応して上げ下げする仕組みはなく、世情に伴いコストが増大したとしても、単に受け入れるしか方法がない。
理屈のうえでは、サービス提供に係る費用の平均額をもとに3年ごとに介護報酬が改定されることになってはいるが、筆者の知る限り、それが適切になされたことはいまだかつて一度もない。検討を担う介護給付費分科会が厚生労働省老健局の有識者サロンのようになっており、その構成員は、実情を制度に反映させるよりも別の何かを優先させているとしか思えない状況が長く続いていることが影響しているのだが、それはまた別の機会に触れることにしよう。

好転しない現状に立ち上がったのは……

さて、物価高である。これについて、介護団体や関係者の一部で、介護報酬に「『物価スライド』を導入すべき」という意見があることはご存知だろう。物価が上がったらその分、介護報酬を上方修正するというものだが、一方で、このご時勢に物価が大きく下落することは考えにくく、事実上「中長期的に引き上げを約束せよ」というものであるし、そのためのエビデンスをどのように調査するのかという構造上の問題から、財務省筋からは歯牙にもかけられていない。しかし、前述のような介護報酬の成り立ちからすれば、介護事業者にとっては「当然、保証すべき範囲」と考えるのも無理からぬ話だろう。

そこに目をつけたのが、機を見るに敏な自見はなこ参議院議員(自民党・全国比例区)である。
「物価・賃金上昇に診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス報酬等の改定が追いついておらず、医療・介護・福祉の経営継続や薬の安定供給が危ぶまれている」として、昨年12月26日、27日に加藤勝信財務大臣、福岡資麿厚生労働大臣、赤澤亮正内閣府特命担当大臣へ緊急申し入れを行っている。
提言書にははっきりと「診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス報酬等について、物価・賃金の上昇に応じて適切にスライドする仕組みを導入すること」と記載されており、溜飲の下がった関係者も少なくなかったのではないだろうか。

選挙結果が介護業界にもたらす影響とは

ここで注目したいのは、この提言書に名を連ねた「医療介護福祉を守る参議院議員有志」のメンバーである。前述の自見議員はじめ15人が記載されており、今期をもって引退を表明している議員も含めれば、実に全国比例区の候補者が10人に及ぶ。それ以外のメンバーも、厚労族の重鎮である尾辻秀久議員を除けば、医師または医師会の関係者。当然、医療・介護・福祉の横断的テーマを扱うチームであるため業界代表の議員が顔を揃えるのは不思議ではないし、悪いことでは全くないが、面食らう部分がないと言えば嘘になる。

この記事が皆さまのお手元に届く頃には都内で集会も開かれている予定で、つまりは、7月に予定される参議院議員選挙への下ごしらえと受け止めても大きくは違わないだろう。
繰り返すが、こうした議員が医療や介護の問題をテーマに活動することは、間違いなく良いことである。ただ、そこには、職業としての政治家をどう受け止めるかという問題がつきまとうということだ。通常、業界団体などが駆けずりまわってようやく「わかった」と言ってくれる程度のはずが、今回は、議員側が自発的にアクションを起こしているのだから、これを評価しないのはおかしい。それを有権者としてどう受け止めるか。この前提を忘れてはならない。

さて、今回の参院選、すでにご存知の方も多いと思うが、業界にとって興味深い展開があったので触れておきたい。
全国介護事業者連盟(介事連)の斉藤正行理事長の自民党・全国比例区からの出馬で、公約には「介護・障害福祉現場で働く職員の所得向上(平均所得500万円の実現)」を掲げている。公認発表が自民党大会の前日(3月8日)と、通常の業界団体が組織内候補を立てるにはあまりにも出遅れており、厳しい選挙が予想されるが、病院や社会福祉法人等の、いわゆる「既得権益」側からではない挑戦は、介護業界の今後を占うものでもある。残すところ僅かの決戦を、しっかりと見守りたい。(『地域介護経営 介護ビジョン』2025年5月号)

あきのたかお(ジャーナリスト)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。

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