介護業界深読み・裏読み
「アンチ生産性向上」に思うこと……
どのみち、「人は減る」
介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!
ICT機器・介護ロボットの活用方法に問題あり?
職業柄、SNS上の介護に関する話題はできるだけチェックしているのだが、少し前に盛り上がった、内閣総理大臣表彰を受けた特別養護老人ホーム(以下、特養)における「働きやすい職場環境づくり」への是非「に関する議論は興味深かった。
この特養では、▽施設内に天井リフトを30台導入し、ノーリフティングケアを徹底、▽見守り機器を100%活用――などの取り組みを進めており、現に「腰痛ありの職員は56%から9%に」「1夜勤中の平均訪室回数は6.3回から3.8回に」「年間の平均総残業時間は880時間から76時間に」「平均有休取得日数は6.7日から9.9日に」といった成果があったという。
これに対してある特養の施設長が、そのあり方に問題提起を行ったところ、「人間をモノのように扱って良いのか」「本当に自立につながるのか」といった反対意見と、「選択肢や工夫があるのは良いこと」「職員の負担を考慮すれば当然」等として歓迎する声が拮抗した。
そのなかで特に注目を浴びたのは、かつて介護分野において「有識者」とされていた人物が天井リフトについて、「吊り下げる『運搬』は虐待で通報するレベル」と極論を展開したことだ。それに寄せられたのは概ね「このご時世に何を言っているのか」という批判で、筆者が見た限りでは、彼を全面的に擁護する向きはなかった。
ここまで極端なものはそうそう出てこないものの、この人物のような「アンチ生産性向上」の考えをもつ介護関係者は案外、少なくない。とにかく「生産性向上=介護現場の人数を減らしてICT機器・ロボットに介護を丸投げする」と思い込み反発していて、議論が進まない。
ガイドラインにさらりと目を通しただけでもニュアンスの違いに気づきそうなものなのだが、そうならないのは、政府側の姿勢にも問題がある。
業務が改善されても人手不足は止まらない
確かに、このところの介護関係施策における「人減らし」ムーブメントはなかなかに香ばしい。目立つものだけでも、「介護老人福祉施設等の他の介護サービスにおける人員配置基準の特例的な柔軟化については(略)介護サービスの類型ごとに国において必要な実証を行い、複数事業者・複数施設で一定の成果を確認できた場合は、慎重な検討を行った上で、次期介護報酬改定を待たずに必要な対応を行うべきである」(社会保障審議会・介護給付費分科会「令和6年度介護報酬改定に関する審議報告」2023.12.19)、「限られた介護人材を有効活用し、生産性を向上させることは喫緊の課題であり、今後も増大し続ける介護ニーズに対応していくため、ICT機器の導入・活用を引き続き推進するとともに、経営の協働化・大規模化を早急に進めるべきである。あわせて、特養等における人員配置基準の更なる柔軟化に引き続き取り組むべきである」(財政制度等審議会「令和7年度予算の編成等に関する建議」2024.11.29)といったあたりが挙げられるし、あげくには、「2040年の人員配置を2023年比で約3割程度柔軟化」(第8回デジタル行財政改革会議「デジタル行財政改革の今後の取組方針について」2024.11.12)というものまで散見される。
これだけを見れば、「人数を減らすことだけが目的なんだ!」と極端な受け止め方をされても仕方ないように思う。最後に挙げた「3割程度柔軟化」を真に受けると、たとえば、今の特養における人員配置が2:1だとしたら、槍玉にあがった「4:1」とは言わないまでも、4~5年前に批判を浴びた「2.8:1」は視野に入ってくる。どんどんその気になってくるではないか。
しかし、ここで考えていただきたいのは、果たして「人を減らす」のはICT機器や介護ロボットなのだろうか?ということだ。今さら話題にするまでもないだろうが、厚生労働省の推計によれば、2040年までに必要な介護職員数は57万人。一方で、いわゆる生産年齢人口(15~64歳)は2020年からの20年間で1,295万人も減少するのだ。
もちろん、介護業界だけでなく、あらゆる産業で人手不足は平等に訪れるわけで、ICT機器や介護ロボットを導入しようがしまいが、人は減る。介護をまるきり任せられる全自動のテクノロジーがあるはずもないし、前述したような「神話」とプロレスをやっている時間は、もはや介護業界には残されていないのではないか。
要は、「どうやっても人手が減るなかで、いかにしてサービスの質を維持するのか」に尽きる。そのための工夫を惜しんでいる場合ではないのだ。
こうしたことを述べると、今度は「妥協や諦めは良くない」とお叱りの声が飛んでくるのだろうが、そうした評論家然とした意見も無用だ。結局、介護業界にかかわる以上は、この先の、少なくとも20年をどう乗り越えるのかという責任感や覚悟に近いものが必要なのだ。
今日の繰り返しが未来ではあるものの、制度のうえではそれが地続きではないというジレンマと、真剣に向き合わなければならない時期がとっくにきている。(『地域介護経営 介護ビジョン』2025年2月号)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。