介護業界深読み・裏読み
「弱腰」石破政権における
社会保障改革は財務省色100%に
介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!
議席の減少より最も注意すべき点とは
原稿を書いている11月中旬、補正予算に基づく経済対策や、その先の令和7年度予算編成に向けた折衝が花を咲かせている。そうしたなかで、特に例年と違うところを感じるのは、やはり政府の弱腰加減だ。
もちろん、何よりも衆院選での惨敗により自民党・公明党が議席を大きく減らし、少数与党となったことは大きな要因だ。たちまち経済対策案を詰めようにも、これまでは与党を通せば済んだものが、国民民主党にもお伺いを立てなければならない。実際、自民党内で大筋了承がされた14日から約1週間、閣議決定までの間に3党での調整期間を設けている。今後は当面、重要な局面ほどこうした色合いが濃くなっていくことは確実で、政策決定のプロセスが複雑になればなるほど、政府・与党は慎重にならざるを得ない。
しかし、それ以上に問題なのが、石破茂首相の経験不足だ。もちろん、これまでも党においては幹事長や政調会長、政府においては防衛大臣や農水大臣などを歴任してきたものの、社会保障に関しては携わった形跡すらほとんどない。口の悪い厚労省関係者は「首相は社会保障分野に自信がないから、政策通の大臣を置いたのだろう」と言い、現内閣の最年少でありながら厚労大臣という重要ポストを射止めた福岡資磨参議院議員を評価する。
確かに福岡氏は自民党厚労部会長を2度務め各方面にパイプもあり、社会保障通として知られている将来有望株だ。だが、念願の財務大臣に就いた加藤勝信衆議院議員(元官房長官、元厚労大臣)と比べるとさすがに押しの強さに劣るところは否めないのも事実。関係者のあいだでは、財務省がその影響力を強めることが懸念されている。
財務省の采配で改革をゴリ押し?!
それもあながち間違いではないと感じたのは、11月8日に開かれた全世代型社会保障構築本部の会合だ。石破首相は就任後初となったこの席で、年末の予算編成に向けて社会保障の歳出改革の具体策を検討するよう関係閣僚に指示したとされており、その基礎となるのは令和5年末に示された「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」。その実態は財務省作成の「やることリスト」であり、給付と負担の在り方の見直しや生産性・サービスの質の向上、経営の協働化・大規模化、そして経営の見える化等を一層加速・推進する流れが記されている。政権発足後間もないとはいえ、石破カラーどころか100%財務省カラーで社会保障改革を進めることを事実上認めたような恰好になったこの会合の直後、財務大臣の諮問機関である財政制度等審議会(以下、財政審)で社会保障をテーマに課題が整理されたのは偶然ではないだろう。
令和7年度予算編成に向けた提言「建議」を取りまとめるべく急ピッチで論点整理を進めていた財政審は11月13日の会合で、社会保障分野の総論とともに医療や介護、年金、障害福祉等のそれぞれについて問題提起を行った。まず、「2025年度予算編成における課題」として「こども未来戦略に基づく加速化プランの着実な実施」「全世代型社会保障制度の構築」「年金制度改革」の3つを掲げたうえで、今後の社会保障関係費の歳出水準については、自然増を制度改革・効率化によって抑えつつ、高齢化による増加分に留めるとする考え方を堅持。こども・子育て政策の財源を捻出すべく、2023~2028年度にかけて歳出改革等の取り組みを継続するとしている。
反論の好機を逃さぬよう動向を注視せよ
そのなかで介護については、介護人材不足について「足下では入職超過となり、離職率は低下」としたほか、介護事業の現状については「倒産が増加する一方で、新設法人は増加を続けており、差し引きで介護事業者は増加」とし、まるで「特段の問題なし」と言わんばかりだ。おそらくは、その時点で業界関係者から寄せられていた物価高や賃上げ対応のための介護分野への追加的支援を求める声に、牽制球を投げたというところだろう。
そのうえで、▽介護保険の利用者負担を原則2割化、現役世代並み所得(3割)等の判断基準の見直し、▽多床室の室料相当額を基本サービス費等から除外する見直しをさらに行うこと、▽居宅介護支援に利用者負担を導入すること、▽軽度者(要介護1・2)に対する訪問介護・通所介護についても地域支援事業への移行をめざすこと等、従前の改革案を改めて押し出したのは、前述の全世代型社会保障構築本部の会合で「お墨付き」が得られたことによる自信の表れだろうか。
財務省はこれまでの審議会で、積み残された改革案について「第10期介護保険事業計画期間の開始(2027年度~)の前までに結論を得る」としてきた。これを逆算すれば2025年度は弾込め、2026年度が議論の年になる。その下地づくりとして現政権の弱腰は、彼らにとって極めて好都合だろう。介護業界としても先々のことと軽んじることなく反論を展開させなければ、気が付けば盤上は詰んでいるだろう。(『地域介護経営 介護ビジョン』2025年1月号)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。