介護業界深読み・裏読み
早期退職が増加……
「気骨ある官僚」に未来はあるか

介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!

有望な若手官僚が霞が関を去る傾向に

筆者は職業柄、有力な官僚がどんなポストに就くか観察する癖がある。そのなかで、特に若手で有望とされている官僚がふと、行方をくらますことがある。どうしたのかと聞いてみると、「退職して民間企業に移った」というケースが少なくない。
それだけに、7月6日にNHKが報じた「10年未満で退職の『キャリア官僚』2022年度は177人 過去最多」というニュースは納得感があった。「キャリア官僚」として採用後、10年未満で退職した国家公務員は、2022年度で177人。今の試験制度による採用が始まった2013年度では76人だったというから、かなり増加している。データ元の人事院は、慢性的な長時間労働や民間企業との待遇の差など、勤務環境に対する不満などが背景にあるのではないかとしている。

キャリア官僚といえば東大・京大当たり前、私大では早稲田や慶応でなんとか、というところだった。しかし、そうした「トップ学生」だった官僚たちから話を聞いてみれば、「同級生は多くが大企業へ入社、仲間内で給料は最低」「その上、昼夜休みなく働いても栄達するのはほんのひと握り。ほとんどが途中で道を絶たれる」「天下りもダメになって、将来の安定も無い」とこぼす。そうした一種異様な世界を成り立たせているのは「国を良くしたい、政策を実現したいという思い」だというが、実際にそんな「思い」に何かを見出す若者は減っているのか、近年は「トップ学生」は官公庁を敬遠し、地方国立大学や一部私立大学などからの入職が増えているという。

政治への姿勢の変化が今の官僚にも浸透したか

その官僚たちの足かせとされる「勤務環境」だが、近年いくらかマシになったとは聞くものの、いまだに普通ではない。代表的なのが国会質問の答弁作成をはじめとする「国会対応」で、大体の場合、国会議員やその秘書などは、政策の素人。例えば介護に関する族議員でも大抵は支持者や団体の問題提起を真に受けて質問を作成しており、直前の夜中になってようやく杜撰な質問が完成する。そこから官僚たちはひと晩中、法律や背景、経過を踏まえて答弁を作成するが、それで何かが生まれるわけでもなく、省庁にとってみればあくまで「防衛」に過ぎない。その生産性の低さはお分かりいただけることだろう。
もっと酷いのが族議員による「呼び出し」だ。もちろん、関係先には都度説明に回るのだが、それでも資料を読めばわかるような内容についていちいち幹部クラスを事務所へ来させて、長時間説明させることを好む議員も少なくない。何か不都合な内容が含まれる「お叱り」案件の場合はもっと質が悪く、「朝イチで局長を呼びつけて怒鳴りつけてやった」と自慢げに話す、介護業界団体にも関係が深い族議員がいたが、日頃の行いが祟ったのか落選した。

それでも過去、介護保険創設前後には、老健局長を務めた中村秀一氏や、YKK(山崎史郎、香取照幸、唐澤剛の3氏)と呼ばれた新進気鋭の官僚たちをはじめ、知能と情熱を燃やして政策実現にあたる存在があちこちにあった。しかし、昨今はそうした色合いがほとんど見られなくなったように思う。内閣人事局が設置されたことも大いに関係していると思うが、基本的には大きな方針に従うことが主流となり、栄達するのは官邸の覚えが良い官僚ばかり。
もちろん前述の中村氏、山崎氏、香取氏、唐澤氏や、いまは全国社会福祉協議会の副会長になった古都賢一氏など、気骨あるOBたちも現役時代は政治家との付き合いを慎重かつ大胆、念入りに行っていたが、少なくともこのうち数名は、その信念を曲げることなく政治に問うたことが栄達を妨げる原因になったとされている。政治と対立することが偉いわけではないし、そうした向きを冷笑するような感覚も間違ってはいないが、それだけ「思い」をもって職務にあたっていたということは確かで、彼らのほとんどがいまなお後輩から慕われたり、その頭脳や経験を乞われたりする様子からも、過去には栄達以外の官僚の道があったということなのだろう。では、いまの官僚社会に、気骨を示す価値があるのか?……その答えが、多くの若手官僚に退職の道を選ばせているのかもしれない。

信念を貫ける環境が今の官僚社会に必要だ

さて、「最強の官庁」とか「官庁の頂点」と言われることもある財務省。彼らは確かにその他省庁とは異質で、話せば話すほど、いまなお天下国家のため政策に向き合い続けている者が多い。その源泉はもちろん、彼らに許された力にあるのかも知れず、人によってはそれを傲慢と言うかもしれない。しかし、筆者はそこに一縷の望みをかけたい。かつて内閣官房副長官を務めた古川貞二郎氏は官邸時代を振り返り、「官僚は政府という組織の血流だ」と表現した。健全で、熱いものが十分に流れてこそ、組織は成り立つのだ。いまの霞が関を見るに、そうした「気骨ある官僚」が活躍できる環境整備こそ、我が国に必要なものではないかと思えてならない。(『地域介護経営 介護ビジョン』2024年10月号)

あきのたかお(ジャーナリスト)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。

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