介護業界深読み・裏読み
人材不足につけこむ紹介事業者に
メスが入った

介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!

手数料の負担が大きな圧迫要因に

「そうは言っても、法律違反がない限りは経済活動の一環ですから、是正のしようがありませんよ」……口角泡を飛ばして不満を訴える介護事業者の声に対し、そう言って厚生労働省関係者がにべもなく突き返す光景を何度も見てきた。介護分野における人材紹介手数料の話だ。
このことが問題として指摘され始めてから随分経つが、大きく取り上げられるようになったのはここ5年ぐらいではないかと感じている。人材紹介の手数料自体は平均的に年収の30~35%が相場と言われており、厚労省の「令和3年度介護従事者処遇状況等調査」によれば、「介護職員等特定処遇改善加算(I)~(II)を取得(届出)している事業所における介護職員(月給・常勤の者)の平均給与額」は2021年9月のもので32万3,190円。これを単純に年額換算すると390万円弱となるが、紹介事業者を通して職員を1人採用すればその都度、そのうちの3割=117万円ほどが手数料としてかかってくるというわけだ。九州のある社会福祉法人理事長によれば、手数料としてかかった額が法人の年間収入の2%ほどになったとのことで、今や介護事業の収支差率が3%程度であることを考えれば、人材紹介手数料が昨今の厳しい介護事業経営の大きな影響因子になっていることはご理解いただけるだろう。

確かに、いくら介護人材が確保難であるとはいえ、現実的にうまくマネジメントしている事業者もたくさんある。関東で大規模に福祉・介護事業を展開する企業のトップがかつて、人材紹介手数料について「会社が魅力的でないことへの罰金だ」と表現したことが話題になったが、ある意味では核心を突いていると言える。地方から進出してきた介護事業者が競争に耐えられず、たちまち紹介事業者頼みになり、地元事業の収入まで吸い取られた挙句年間1億円ほどの手数料を支払ったという話を聞いたが、それはむしろ経営上の問題を抱えていると捉えるほうが適切だろう。

とはいえ、多くの介護事業者が紹介事業者に不満をもっていることは間違いなく、手数料だけでなく、自ら斡旋した就職者に対して早期に転職勧奨を行ったり、あるいはそれを前提としているかのような就職お祝い金のような仕組みを当然のように用いている実態に、冒頭の厚労省周辺の態度も相まって、「泥沼にハマるとはわかっていても、弱みにつけこまれて利用せざるを得ず、どんどん手数料を取られてしまう」(都内介護施設の経営者)という状況が続いていた。

社会保障費の“流出”に財務省が腰を上げた

このことにようやくメスが入ったのは、4月14日に開かれた政府の規制改革推進会議だった。ここでは、予め聞き取った関係者の意見などをもとに、「提案事項の整理(案)」とする資料が事務局から提出されている。文中では、たとえば▽介護施設等による紹介事業者の合理的な選択を可能とし、あわせて、紹介事業者間の適切な競争を促すため、都道府県ごとに、医師、看護師、介護職員及び保育士といった職種毎に、紹介事業者を経由で入職した者の離職率、手数料の平均値・下限値等を国が公表してはどうか、▽厚生労働省の人材サービス総合サイトにおける離職人数の公表期間(現在は2年)の延長も必要ではないか、▽「医療・介護・保育分野における適正な紹介事業者の認定制度」(令和3年創設)について、真に「適正な紹介事業者」を選択できるための認定基準の見直し(例えば、採用後一定期間内(例えば、6ヵ月以内)に離職した場合に手数料の返戻を行うことを認定基準に組み込むなど)が必要ではないか、▽有料職業紹介事業のあるべき内容(求人企業が求める人材に合った求職者の紹介)や離職率水準、手数料設定の在り方を認定基準に追加することも検討が必要ではないか、▽(ハローワークについて)単なる普及啓発に止まらない実効性のある機能強化を行う必要があるのではないか――等の提案がされている。もちろんこれですべて解決するわけではないが、少なくない介護事業者から歓迎の声があがっている。今後はその方針をどのように進め、どう実効性をもたせるかという議論に移っていくことになるのだろう。まずは、例年であれば6月頃に整理される規制改革実施計画に、どういったかたちで書き込まれるのか、注目したいところだ。

今回、この問題が規制改革という文脈を通して俎上に載せられた背景には、財務省周辺からの意向があったという。本来であれば介護従事者の処遇やサービスの充実に使われるべき社会保障費が、ある意味では目的外に流出していることについて、放っておくわけにはいかないという問題意識があったとされている。とかく介護業界では悪の権化のように扱われる財務省ではあるが、当然ながら、彼らなりの正義に立って業界を見ているということだろう。(『地域介護経営 介護ビジョン』2023年6月号)

あきのたかお(ジャーナリスト)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。

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