介護業界深読み・裏読み
介護報酬削減の材料としての
人員配置基準見直しに懸念
介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!
サービスの維持・向上が最優先
拙速な改定議論は慎むべき
政府主導で進められてきた、介護施設における人員配置基準(以下、基準)の見直し論は、厚生労働省においても既定路線になった。昨年12月23日に示された「介護職員の働く環境改善に向けた政策パッケージ」では、「職員配置基準の柔軟化の検討」として「介護施設では(略)3:1の職員配置基準となっているが、今後(略)3:1より少ない人員で運営が可能になる事業所が出てくる可能性がある」「現在実施している実証事業などで得られたエビデンス等を踏まえ(略)次期報酬改定の議論の中で検討する」との記載がされている。
この「実証事業などで得られたエビデンス」構築を進めてきたのがSOMPOケアであることは言うまでもないが、同社の遠藤健代表取締役CEOは1月12日に開いた会見で、「かなりの手応え」としつつ「(実証事業を行った)12施設ですべて一律の成果が出た、というわけではない」「施設の状況環境によって適正な人員配置は異なるはず。3:1や4:1という画一的な基準で縛るのは現実的ではない」として、これまで「ICTで4:1が可能」としてきた主張を変えたとされている。おそらくは、実証事業で芳しい結果が出なかったことから、せめて平均要介護度の低い介護付き有料老人ホームだけでも緩和させたいという狙いにシフトしたのだろう。
さて、筆者は基準の緩和論については、賛成の立場をとるものである。我が国の人口動態だけを見ても、近い将来介護人材の確保が一層困難になることは明らかだからだ。しかしそれにはいくつか条件があって、▽なし崩し的な人減らしによって現場の疲弊や介護の質低下を生まないこと、▽基準緩和により当然、介護報酬上の評価(介護報酬)は下がるわけだが、見直しをその材料にしないこと等が大前提になる。
それらを踏まえ、筆者なりにこのテーマについて考えてみたので、僭越ながら披露したい。
まず筆者は「3:1では人数が多すぎるから減らしたいが、基準があって困っている」という人には会ったことがない。なぜこんなスピード感で緩和論が出てくるのか疑問である。もちろん、やがて3:1を割り込む施設が出てくるであろうことは想像できるが、現状において山ほど出てきているということはない。
また、たとえば4:1に基準を見直したところで、いま2:1で運用している特別養護老人ホームでいきなり人員を減らせるような変化が起きる可能性はほとんどない。そもそも人が足りなくなるのを懸念するなら、3:1なのに2:1でやっているオペレーションをどうにかするのが先のはずで、基準という外枠を弄っても直接的な人減らし効果は生まれない。オペレーション見直しを促すインパクトとしては理解できなくもないが、最適な手段がそれかと言えばそうではないだろう。
そのうえで、基準を見直すことで人減らしが起きるとしたら、①介護報酬に変化がない場合、事業者側が基準の見直しに連動して配置を薄くする(人を減らして1人あたり賃金を上げる。または人件費を削減するため単純に人を減らす)ことになる。この場合、悪意の事業者を足切りするために3:1に代わる「介護の質を担保する目安」が必要になるが、現状ではそんなものは存在しない。4:1で問題が起きない環境づくりが完了していると客観的に言えなければならず、これが前述の実証事業だが、そもそもICT云々と言ってもいまはまだ3:1でさえできないことを大半の特養で証明している。仮にこれが実現すれば、「別に2:1でも4:1でもうまくやりくりしていただければ良い」という幅の話になるので理屈は通るが、恩恵はほとんどないだろう。
一方で、②4:1基準に応じて介護報酬が削減された場合、2:1では経営が立ち行かなくなる設定になれば、自ずと人を減らすことになる。これが最もいけないパターンで、見切り発車すると利用者のみならず従事者や事業者にも被害者が大量発生する。①から段々と②に移るのが普通であろう。
前述のとおり、今後は好むと好まざるとにかかわらず人数が減った状態での運営が避けられないわけで、そのなかで「サービスを質量ともに維持・向上していくために何ができるか」を考えていくべきであることに疑問の余地はない。そのうえで、いつかは基準の見直しが必要という見解に変化はないが、次期改定の俎上に載せるほど急ぐことなのか?というのが正直な感想だ。何事も仕組みを変えるには時間がかかり、着手は早いほうが良いということなのかもしれないが、この拙速さ加減は異様だ。基準見直しの恩恵がほとんどないことを素直に読み取れば、結局は介護報酬を引き下げる材料づくりをしたい人がいるんだろうと思わざるを得ない。春以降の改定議論を大いに懸念するものである。(『地域介護経営 介護ビジョン』2023年3月号)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。