介護業界深読み・裏読み
物価高騰対策の顛末と
業界が自ら動くことの意味
介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!
多団体の活動で臨交金が積み増しに
今回は、前回の当欄で取り上げた物価等の高騰に係る支援を求めた要望活動の顛末を、読者の皆さまへのご報告までに書いてみたい。
簡単に振り返ると、昨今のウクライナ情勢による影響を受けて、介護施設・事業所においても物価や光熱水費等が著しくコスト増になっている状況があり、年間ベースにすると数百万円レベルに達することが見込まれることから、本年7月中頃から自見はな子参議院議員などが音頭をとり、日本医師会や全国老人保健施設連盟など多くの医療・介護関係団体がさまざまに要望活動を展開していた。その結果、岸田文雄首相から「新型コロナウイルス対応地方創生臨時交付金」(以下、臨交金)の増額が指示されていたところだったが、9月9日に開かれた政府の「物価・賃金・生活総合対策本部」で具体的な案が示されたことで、これらの活動が見事実ることとなった。
示された案のおおまかな内容としては、臨交金を新たに4,000億円積み増し(電力・ガス・食料品等価格高騰重点支援地方交付金を創設、既定予算2,000億円とあわせて6,000億円を計上)するとともに、推奨事業メニューとして「生活者支援」4種、「事業者支援」4種が標記された。しかもこのうち「事業者支援」4種の筆頭に「医療・介護・保育施設、公衆浴場等に対する物価高騰対策支援」とあり、追い打ちのように欄外には「地方自治体が、上記の推奨事業メニューよりも更に効果があると考えるものについては、実施計画に記載して申請可能」と記載している。言ってみれば、「基本は医療や介護など推奨事業メニューのために使いなさい。別の方が良いというなら理由を言いなさい」というようなもので、ある与党関係者はこの記載により「推奨事業メニュー以外に使おうとすると相当な覚悟が必要になる中身だ」と胸を張る。
前回の当欄で筆者は、臨交金については医療や介護のみならず他産業にも使用されるものであり、すでにほとんどの自治体で使途が固まってしまっており、増額されたとしても医療や介護に回ってくる可能性は高くない、としていた。このことについては、素直に読みの甘さをお詫び申し上げたい。もちろん、この増額分が自治体等に振り分けられる秋以降の地方議会でどういった議論がされるかにもより、「予算がいくらになるのか」「医療と介護の配分バランスがどうなるのか」「社会福祉法人優先など事業体により傾斜がかかるのでは」など懸念される事柄は残あるものの、概ね上々の成果と言って良いだろう。
こうした結果が引き出されたことの最大の要因は、日本医師会(および自見はな子議員)が先頭に立って取り組みを進めたことによるものであるのは間違いないだろうが、複数の介護関係団体が異口同音に要望活動を展開したことも、大きなポイントになった。濃淡はあれど、筆者が確認しただけで10以上の団体がアクションしており、概ね要望内容も一致していたことは、政府・与党に対するインパクトになったことだろう。
当事者ならば不満に対し声を上げるべきだ
本誌9月号の当欄で、夏に行われた参院選について触れたが、そこで筆者は、特定の候補者の当落が次の介護報酬改定に与える影響は大きくないと書いた。それは、正しくは「影響を大きくないものにできる」という意味であることを、今回の一連のことからもおわかりいただけたのではないかと思う。
肝心なのは、頼れる誰かに寄りかかることではなく、介護業界の関係者自身が自ら動き、大きな波を生むことなのだ。それが叶えば、些か子どもっぽい表現かもしれないが、制度は変えられる。そのことを、ぜひ読者の皆さまにもお伝えし、今後の介護業界の行く末をともに見守りたいと思う。
さて、そういったなかでも、まったく動きらしい動きがなかった団体もまた、少なくないことは最後に触れておかなければならない。介護給付費分科会や介護保険部会に委員を出している団体であっても、だんまりを決め込んでいたことは、本質的に姿勢が問われるべきことであると感じている。ある職能団体などは、不満があると自身のホームページで遺憾の声明を出すようなほとんど意味のないことを繰り返しているが、肝心なところではまず矢面に出てこない。職能団体の構成員は雇われる側の立場であることが多いなど動けない理由があるのだろうが、それにしても、いまのままでは「資格ごとに審議会委員の立場をもらっているだけ」という誹りを受けても仕方がない。介護の当事者は利用者や経営者だけではなく、これだけ人材課題が憂慮されている時代、むしろ従事者こそが最も大きな声をあげるべきなのだ。介護業界が新たな道を拓けるかどうかは、この先数年間にかかっている。業界の当事者たる職能団体にこそ、奮起を期待してやまない。(『地域介護経営 介護ビジョン』2022年11月号)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。