介護業界深読み・裏読み
コロナ第6波の介護業界を振り返る

介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!

驚異のオミクロン株の感染力の強さ

「完全に施設が崩壊しました。1人で25人の利用者を見ている状態で、とてもじゃないけどケアの質とか言っていられる場合じゃないです」
都内のある介護施設関係者から、そんな涙ながらの電話があったのは、正月ムードの抜け始めた1月下旬だった。

一時期は小康状態を保っていた新型コロナウイルス感染症が、2022年の初頭から再び急激に拡大し始めた。2020年1月16日に初の感染者が確認されてから実に丸2年を経た「第6波」だ。2月3日には全国の新規陽性者数が初めて10万人を突破。政府はまたしても、まん延防止等重点措置(以下、重点措置)を適用せざるを得ない状況となった。
都内で最も新規感染者数が多かったのも同じ2月3日で、2万1,576人だった。その頃には毎日のように、介護施設・事業所から陽性者または濃厚接触者が発生した話を聞くようになっていたが、前述のクラスター発生の電話も、振り返ればそうした最も厳しい時期の出来事だった。

電話の主が話してくれたことで、特に印象的だったことが2つあった。一つは、感染対応に要する物資が、「予防」の時期に比べて桁違いに必要であるということ。知る限り、彼は日頃から勉強熱心で、クラスター対策を疎かにしていたとは考えられないのだが、それでも想定を超えた対応が求められることになった。近隣の事業者に支援要請したものの、当然その頃にはどこもかしこも自衛に手いっぱいで、たちまち目先の検査キットや衛生用品も事欠く状況に陥ってしまったという。
二つ目は、感染発生エリアと未発生エリアを区別するゾーニングがほぼ機能しなかったということ。そしてその崩れていくスピード感は、オミクロン株の特徴だ。どれだけ慎重に対応しても、あっと言う間に別フロアまで拡がってしまったそうだ。恐らくは無症状のスタッフがもち込んでしまったのだろうと想像するが、要介護度の重いエリアにウイルスが入りこんでしまうと一大事。別の施設だが、北海道のある特別養護老人ホームではクラスター発生によりほんの10日ほどで25人が入院、そのうち2人が亡くなったという。

第6波を経て苦闘が報われる?

これらの出来事に共通しているのは、県や自治体からの支援はほとんど何もなかったということだった。ひとたびクラスターが発生すれば、もはや他からのレスキューはあてにできず、収束に向けて内部で粘り強く戦い続けるしかない。第5波までの経験は、少なくとも介護分野では、実は第6波に十分機能したとは言えなかったのではないか。感染拡大のスピード感や規模感をとらえて、ある有識者は「特に地方においては、実際には第6波が初めての本格的なコロナとの戦い」と表現したが、その通りだと思う。
そこで政府は2月中頃になって、重点措置が適用されている区域に限り、それまで「施設内療養者1名につき、15万円の支援を行う」とされていた地域医療介護総合確保基金(以下、基金)上の措置を、「施設内療養者数が一定数を超える場合には、施設内療養者1人につきさらに1万円/日(現行分とあわせて最大30万円)を追加補助する」とした。十分ではないにせよ、想像以上の厳しい対応を強いられたクラスター発生施設にとっては、いくらかでも苦闘が報われたのではないだろうか。
あわせてコロナ関係の施策では、訪問介護で陽性者等に対応したヘルパーへの手当が、同じく基金のなかで認められることが示されたのも印象的だった。もともとは「訪問介護における陽性者対応の加算化」を求めた要望活動が、特に業界団体からというわけではなく複数の事業者から巻き起こったというところが興味深いところだった。デイサービスや訪問介護といった在宅分野は、そもそも団体らしい団体が存在しない状態が続いている。そのことに加えて、来年度予算審議の大詰めの時期に「加算化」を求めるというタイミングの悪さや、野党系議員からアプローチしたという遠回り感で「気持ちはわかるが難しいのでは……」という見方が少なくなかったのだが、手続き的に簡易な基金使途の解釈でおさめたのは厚生労働省として問題意識を優先させた合理的な対応だったのではないかと評価したい。

一部では重点措置も解除され、第6波の出口も目前という見方が広かっている。しかし多くの関係者が苦しみ、それだけに多くのドラマがあったウイルスとの戦いは、コロナに限らずウイルス性感染症が存在する限り、いつ起きるともわからないものだ。冒頭で触れたクラスター発生施設の彼は今、近隣でクラスター発生があったと聞けば率先して応援に入っているという。昔、著名なミュージシャンが「人類は、危機を通じてでしかひとつになれない」という言葉を残した。コロナ禍を通じて介護分野は、大きな一つの幹を見つける機会に接しているのではないだろうか。(『地域介護経営 介護ビジョン』2022年5月号)

あきのたかお(ジャーナリスト)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。

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