介護業界深読み・裏読み
見えてきた処遇改善
その先を占う財務省の主張
介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!
岸田文雄首相の肝いりで、秋口から大きな注目を集めてきた看護・介護・保育従事者に対する賃上げの方向性が、概ね固まった。2021年12月8日に開かれた介護給付費分科会で検討中の案として示された概要では、それまでの報道通り、▽「コロナ克服・新時代開拓のための経済対策」(2021年11月19日閣議決定)に基づき、介護職員を対象に、賃上げ効果が継続される取り組みを行うことを前提として、収入を3%程度(月額9000円)引き上げるための措置を、2022年2月から前倒しで実施するために必要な経費を都道府県に交付する、▽他の職員の処遇改善にこの処遇改善の収入を充てることができるよう柔軟な運用を認める、と記載。2022年2月から9月の賃金引上げ分を対象として、「対象介護事業所の介護職員(常勤換算)1人当たり月額平均9000円の賃金引上げに相当する額。対象サービスごとに介護職員数(常勤換算)に応じて必要な加算率を設定し、各事業所の総報酬にその加算率を乗じた額を支給することが示されている。取得要件については、「処遇改善加算I~IIIのいずれかを取得している事業所(現行の処遇改善加算の対象サービス事業所)等」として、対象となる職員は「介護職員」としつつも、新たな経済対策で方向づけされた通り「事業所の判断により、他の職員の処遇改善にこの処遇改善の収入を充てることができるよう柔軟な運用を認める」と併記されている。交付方法については、対象事業所が都道府県に対して申請し支払われるもの(国庫10分の10、約999・7億円)となった。
これらの議論は、菅義偉前政権時以上に強力な官邸主導で進められてきたと言われている。それもあってか、与党のある財務省系幹部は「あれ(介護従事者の処遇)は上げなきゃ仕方ないんだよ」と、議論の余地はないと言わんばかりの雰囲気を見せていた。岸田首相の側近として知られているのは、内閣官房副長官を務める木原誠二衆議院議員と、首相補佐官の村井英樹衆議院議員で、いずれも元財務官僚だ。厚生労働省は事実上、「蚊帳の外だった」(某紙社会部記者)と見られている。
ここで注目しなければならないのは、今後の展開だ。2021年12月3日に財政制度等審議会は「令和4年度予算の編成等に関する建議」を取りまとめたが、そこでは、今回の賃上げ施策と併走するかたちで「労働分配率」を俎上にあげている。言ってみれば、「さまざまな処遇改善の手立てを講じてきたが、期待されるような処遇改善が進まず、事業者利益に留まっているのではないか」という指摘だ。
岸田首相が立ち上げた「公的価格評価検討委員会」での議論では、この賃上げに絡めて処遇改善加算を見直す方向性が示されている。わかりやすい想定として▽2022年10月に臨時の介護報酬改定を行い、「3%、9000円」の賃上げを(おそらくは)介護職員等特定処遇改善加算に乗せるかたちでプラス改定したうえで、▽2023年に始まる改定議論ではその分の「前払い」を主張しつつコロナ対策の反動としての財政引締め、「労働分配率の引上げ」を目指した本体マイナスのベクトルが打ち出されることが見えてきている。
一部の業界団体はこのことを警戒して「処遇改善については介護保険とは別の財源で措置してほしい」という要望を出しているが、仮にそれが叶って交付金の形式が2022年10月以降継続したとしても、その分を収益増と指摘されてマイナス基調になるのは同じだろうから、あまり効果があるとは思えない。
今後求められることは、介護分野における「労働分配率」の適正性をどのように証明していくかということになる。2015年の改定で行われたような極端な収支差率のデータが示される可能性も大いにあるだろう。結局、求められているのは事業者自らがいかに処遇改善をギリギリまで追求しているかどうか、それをデータとして示せるかどうかなのだ。他力本願で「9000円なんて」とわかったふうに軽んじている介護事業者が案外多いことに閉口しているが、その先には、自らの首を絞める厳しい未来が待っている。(『地域介護経営 介護ビジョン』2022年2月号)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。