介護業界深読み・裏読み
岸田政権が発足
「介護士等の所得向上」めざす方針を読む
介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!
10月4日、第100代となる内閣総理大臣に、岸田文雄衆議院議員が就任した。長引くコロナ禍に打ち負けて人心を失い、満身創痍だった菅義偉首相(当時)が、事実上の退陣表明を行ってからほぼ1カ月後だ。
新政権での厚生労働大臣には、厚労族の実質的リーダーである田村憲久衆議院議員から交代し、後藤茂之衆議院議員が就いた。後藤大臣は、出身こそ東京だが長野県から選出されている元財務官僚で、新進党、民主党、自民党と渡り歩き、派閥にも属していないが、2013年に衆議院厚生労働委員長を務めるなど厚労施策にも通じている。組閣前に永田町関係者と話したとき「いま厚労相をやれるのは田村でなければ後藤しかいないよ」という評判を聞いていたが、順当なところではないかと思う。
さて、岸田首相が総裁選のさなかに打ち出し、政権発足後も重点政策の一つとして大きく掲げているのが、「医師、看護師、介護士さらには幼稚園教諭、保育士、こうした社会の基盤を支える現場で働く方々の所得向上」だ。このことについて、介護業界では概ね好意的に受け止められているように思う。もちろん、空手形に終わるのではとの懸念も少なくないが、首相が着任にあたってここまで介護従事者の所得向上に熱意を示したのは、思い出せる限り初めてのことであり、期待感が高まっている。筆者のところにも「情報があれば教えてくれ」という連絡が複数あったが、「今段階では首相自身も情報ないんじゃないの」とからかっておいた。
ここで、岸田首相が「所得向上」のために取り組むとしているのは、使い古された消費税増等ではなく「公的価格の見直し」だ。「たとえば医療の市場は4兆円、介護の市場は10兆円。そもそも市場自体を大きくすることもしっかり考えながら、この市場のなかでの分配のあり一方、適正に分配されているかどうかを考えることも重要だと思う」と述べている。「公的価格検討委員会」なるものを発足させ、年内にも具体的な結論を出すという。
さて、ここで言う「公的価格」、そして「見直し」とは何を指すのだろう。ちなみに、介護従事者の賃金そのものは公的価格ではないのはご案内の通り。介護報酬という枠組みで得られた収入から、賃金の額を決定するのはそれぞれの事業者であって国ではない。むしろ、ここでいう公的価格とは介護報酬の方であろう。その見直しをもって「市場自体を大きくする」というのだから、単純に考えれば介護報酬アップ(とそれに伴う処遇改善)かと思うが、気持ちはどうあれ次の改定は2年以上先。岸田首相がなお首相である保証はどこにもない。加えて介護報酬が構造上、根本的には上がらないように出来ていることは以前も書いたと思うが、人口動態、サービスの複雑化等諸々から考えて、「低負担・中福祉」を追求する限り限界がある。
ここで、首相の出身母体である宏池会の政策(K-WISH)を見てみると「Sustainableな土台 真に持続可能な経済・財政・社会保障を実現する」という項に、「受益と負担のバランスのとれた医療介護の実現」とある。ああこれかというわけだが、要するに今の受益と負担のバランスを維持すべきか、という投げかけをしたいのだろうと想像する(これが「科学的介護を大きく評価」とか「大規模化によるコストパフォーマンスを「重視」だったらどっ白けだが)。年内結論という、実質2カ月しかないことを考えれば「どうするか」はともかく「何をするか」は決まっているのだろうから、既存のものが当てはまる可能性は極めて高い。ただ、たんに利用者負担の見直しでは総裁選で首相が支援を受けた経団連は喜ぶだろうが面白味も新鮮味もなし、せめて「介護保険料30歳から徴収」ぐらいのことは提案してもらいたいと思うがいかがだろうか。ともかく、介護報酬が引き上げられる財源を確保すれば市場が大きくなり、新たな分配のあり方が示されるというのは十分あり得ることなので、これまでの首相が成し得なかった介護保険制度の本格的な見直し議論に着手し、「真に持続可能な」姿を実現してくれることを願ってやまない。
些か意地悪な文面になってしまったが、国のトップが介護従事者の所得を上げようと心を砕いてくれることは、大いに歓迎すべきであるのは間違いない。過度な期待はお勧めしないが、それでも新政権の姿勢を評価したい。(『地域介護経営 介護ビジョン』2021年12月号)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。