介護業界深読み・裏読み
制度は活かしてこそ…
介護報酬0.1%上乗せの延長議論に思う

介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!

4度目となった緊急事態宣言の延長を横目に、介護施設事業所にコロナ対策として措置された介護報酬の上乗せ評価について、にわかに議論が巻き起こった。

2021年度の介護報酬改定は、いわゆるコロナ禍のさなかに審議されることとなり、大きな柱だてとして「感染症や災害への対応力強化」が掲げられたことは記憶に新しい。プラス0.70%という改定率のうち、0.05%は「新型コロナウイルス感染症に対応するための特例的な評価」とされ、4月から9月末までの半年間、介護報酬に0.1%が上乗せされる措置がとられていた。
この期限が切れることを懸念し、業界団体が要望活動を始めたのは、8月末だった。先陣を切ったのは全国老人福祉施設協議会で、同協議会の常任理事である園田修光参議院議員が、厚生労働省の土生栄二老健局長に要望書を手渡している。

しかし、そのしばらく後にある国会関係者から聞かされたところでは、「コロナ対策関係費に関して、財務省が厳しい姿勢を示している。医療分では交渉が決裂したようだ」「官邸や財務省では『介護は何も言ってこない』と言っているが、大丈夫か」ということだった。思えばその時点で、筆者のところに「厚労省とは話をつけておいた」と嘯くある国会議員(注:前述の園田氏や、「ある国会関係者」ではない人物)の話が聞こえてきていた。厚労省周辺で、この件がどの程度シリアスに取り扱われていたのか、甚だ疑問だ。その後、財務省の感触があちこちから漏れ聞こえてくるようになり、「厚労省は、後手になって慌てているように見えた」(社会部記者)という。厚労省も業界団体も、初動が甘かったという見方が強い。

具体的に事態が動きはじめたのは、9月10日に全国介護事業者連盟が加藤勝信内閣官房長官(当時)に、15日に全国老人保健施設連盟(全国老人保健施設協会)が麻生太郎財務大臣(当時)および加藤内閣官房長官へ要望活動を行ったあたりだ。麻生大臣は、「何か考えないとならない」と答えたという。
同じタイミングで、橋本岳衆議院議員が国会で、「徹底した感染防止策が必要な状況はまったく変わっていない」「9月末での打ち切りはあり得ない」として質問を行っている。これに対して田村憲久厚労大臣(当時)は、「現場の実態を踏まえて対応を検討したい」と答弁しており、水面下での相当な前進が想像される。

一方で、前述した「初動が甘かった」ということにも理由がある。前号でも触れたが、介護施設事業所のコロナ対策に係る財源については、業界の外からは厳しい視線が向けられているのだ。それはひとつに、2020年度に大規模な予算付けがされた緊急包括支援交付金による「かかり増し経費」の補助について、半分ほども活用されなかったこと。データ上、著しい減収傾向は一部の居宅サービスを除いて特に見られないこと。そして介護報酬改定で、前回を上回るプラス改定がされたことなどから、「もう十分だろう」という声は、国会議員の間でも強かった。

また、介護業界のなかでも、必ずしも強い声が占めていたわけでもない。この0.1%上乗せで得られる収入は「微々たるもの」(都内の介護事業者)であり、「ないよりマシだが解決にはならない」(同)という意見が少なくない。筆者が聞き取りしたなかには、ほとんど認識がない事業者さえいた始末だ。
こうした状況があるなかで、「初動の甘さ」が生まれたのだろう。実際、ある団体関係者が要望に回り始めた頃、国会議員の一人から「こんな間際になって、今まで何していたの」と、呆れられたという。

そもそも普通に考えれば、与党にとって決して楽観視できない衆院選を目前に控え、「介護のコロナ対策を打ち切る」という対応は考えにくい。それがこのような顛末を辿るというのは、本来滑稽な話なのだ。そのことについて、介護業界としてもう一度よく考えてみる必要があるのではないだろうか。

この原稿が掲載される頃には、この件についてはおそらく決着しているだろう。議論の進捗はある程度聞いているが、ここに書くべきものでもない。ただひとつだけ申しあげたいのは、制度は使ってこそ、活かしてこそ意味がある。せっかくの仕組みを、みすみす逃すような余裕は、この業界にはもうないはずだ。(『地域介護経営 介護ビジョン』2021年11月号)

あきのたかお(ジャーナリスト)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。

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