介護業界深読み・裏読み
コロナ禍で浮き彫りになった
業界の余力とパラダイムシフト

介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!

「いやいや、まだ下げられても大丈夫。あと3%ぐらい引かれても黒字だよ」

2015年度介護報酬改定で、マイナス2.27%の大幅な削減がされた直後、東北で特別養護老人ホーム(以下、特養)等を営む介護事業者からそう聞いたときは驚いた。良い時代は終わったと言われて久しい介護業界だが、まだまだ余力はあるものだと、率直に感心したことを覚えている。
そのことが、2021年になって証明されるとは思ってもみなかった。福祉医療機構が7月に公表した「社会福祉法人経営動向調査」で、厳しい影響をもたらしたとされるコロナ禍を経てもなお、約8割の特養で増収あるいは横ばの経営状況だったという。

一方で、介護労働安定センターが同時期に行った「2020年度介護労働実態調査」を見てみると、介護現場から再三の要望を受けるかたちで実施した、第2次補正予算による「かかり増し経費」の助成(緊急包括支援事業)を申請し事業者は47.8%と半数にも届かず、そもそもそのことを「知らない」事業者が13.2%、「知っているが申請していない」事業者は29.5%にも及ぶとされている。
単純にデータを読み合わせると、「実際には困っていなかった」ということだ。ある特養の施設長は、「感染が発生したら一大事。費用面ひとつとっても、天と地ほどの違いがある」としつつ、「特養では日常から感染対策しているから、コロナもその延長」と言うが、ある程度事実なのだろう。

この「かかり増し経費」助成の措置に至る経過で、当然ながら財務省は良い顔をしていなかった。昨秋、2020年度介護事業経営実態調査にあわせて公表された新型コロナウイルス感染症による経営への影響調査でも、物件費がわずか1ポイント上昇していたに過ぎないとされ、「本当に必要なのか」と懸念が示されていた。諸々踏まえたうえで、政権側が世論への配慮を優先させる趣旨で押し切ったというのが実情だ。それもあり厚生労働省としても、「『使いきってくれないと財務省に説明がつかなくなる』と当時から冷や汗をていた」(社会部記者)という。

そのうえで、前回を上回るプラス0.7%の介護報酬改定が上乗せ。ただでさえ目眩ましのプラス改定が続いており、そろそろタイミング的には頃合い。今年に入ってほとんど通年化している緊急事態宣言で経済が冷え込み、税収も縮小している。社会保障財政のバランスから見ても、2024年に控える次期改定ではマイナス改定が当然視されている。

そこに危機感を抱いているのはデイサービスなど在宅介護事業者だ。『令和3年度厚生労働白書』でも、「特に通所系の事業者で一時的に大きな影響が生じた」とされており、ピーク時には半数ほどが経営悪化を訴えている。デイサービスでは、昨年5月の事業所あたり利用者数は、前年同月比で10.9%減。事業所あたりの給付費も同じく8.4%減となり、利用者数はその後も数カ月にわたって5%程度のマイナスが続いたとされる。3年後、足腰の強い箱モノに巻き込まれるかたちでマイナス改定に見舞われれば、小規模な事業者はもたないだろう。もっとも政策的には小規模事業者が乱立するより、一定以上の経営規模に「間引きしたい」(厚労省関係者)というのは公然の秘密になっている。

こうした状況に対し、日本在宅介護協会が主催したセミナーで、全国介護事業者連盟理事長の斉藤正行氏は「介護報酬の引き上げはあくまで一時的なもの。次期改定は、2015年度のマイナス2.27%と同等かそれ以上の引き下げもあり得る」と警鐘を鳴らしている。その上で「厚労省は今回の改定で、科学的介護、自立支援・重度化防止などに取り組む事業所が生き残れる環境を用意した。逆に取り組まない事業所は淘汰されてもやむなし、という方向」とし、今後サービスのあり方だけでなく事業者に求められるアティテュードも含めて「パラダイムシフトが起こる」と予想している。多かれ少なかれそれは当たるだろう。

コロナ禍を通じて、予期せず介護業界の余力に触れることになったのは必ずしも悪いことではないが、本当に「良かった時代」が終わるのは、これからなのかもしれない。そのなかで、どう未来を描いていくのか。事業者それぞれの舵取りが問われている。(『地域介護経営 介護ビジョン』2021年10月号)

あきのたかお(ジャーナリスト)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。

TAGS

検索上位タグ

RANKING

人気記事ランキング