介護業界深読み・裏読み
介護人材不足は構造的な必然、
2040年の職場づくりを
介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!
厚生労働省が7月9日に公表した資料によれば、第8期介護保険事業計画の介護サービス見込み量に基づいて都道府県が推計した介護職員の必要量は、▽2023年度には約233万人(+約22万人、2019年度比、年あたり5.5万人増)、▽2025年度には約243万人(+約32万人、2019年度比、年あたり5.3万人増)、▽2040年度には約280万人(+約69万人、2019年度比、年あたり3.3万人増)となった。
これについて厚労省では、「①介護職員の処遇改善、②多様な人材の確保・育成、③離職防止・定着促進生産性向上、④介護職の魅力向上、⑤外国人材の受入環境整備など総合的な介護人材確保対策の強化が必要」「他分野から介護・障害福祉分野に就職した者に対する返済免除条件付き就職支援金貸付制度を創設するなど、引き続き、介護人材確保対策を推進していく」としている。
しかし、年あたり5万人の確保ができたのは2014~2015年度にまで遡らなければならず、近年は伸び率が低下している。コロナ禍を経た人材参入が焦点のつになるが、実現に向けて高いハードルであることは間違いない。
特に今後は、生産年齢人口の減少が懸念されている。2025年から2040年にかけては16.6%減少、6000万人を下回る推計だ。あらゆる産業で労働力が希少化し、ますます介護人材の確保は難しくなっていく。冒頭の「必要数」は、世代間人口の約5%が介護分野を選択するという想定に立っている。しかも、現状の介護職員の数が減少することは考慮されていない。介護事業者には、採用戦略はもちろんのこと、離職防止・定着促進を軸に、生産性の向上(効率化)や多様な人材の活用(ダイバーシティ化)を加速させ、人材市場において強い競争力を獲得することが求められる。
介護業界では長年、人材戦略といえばとにかく採用の面ばかりがクローズアップされてきた。ここには紹介派遣会社と同様に、人材コンサル会社などが介護事業者の弱みに付け込んで横行してきた背景がある。度重なる介護報酬の実質的引き下げで、経営していくだけで青息吐息という介護事業者の体力不足が、限られた財源を投資する先を見誤らせ、結局外部に流出させてしまうジレンマに陥った構図だ。
そもそも介護人材不足は、3つの理由から構造的な必然と言うことができる。一つは、高齢化の進展に伴い介護が必要な人が増加、介護人材も増えてはいるがサービス量の伸びに追いつかないということ。二つ目は介護人材の賃金が、介護報酬に基づくものである以上、需要と供給に関係なく設定される(労働の価値が上がっても賃金が上がらない)こと。最後に、制度の複雑化に伴って介護報酬上の配置と実際のオペレーションの不一致が拡大し続ける仕組みであることが挙げられる。
すなわち、厚労省がいくら頑張ろうとも、政治家や業界団体が声高に処遇改善を叫ぼうとも、絶対に人が足りなくなるようにできている。それにもかかわらず、いわゆる重鎮とされるような人物が「介護の3Kは“きらめき”“感動”“感謝”だ」などと卒倒しそうな演説をぶつものだから、それは良い鴨になるわけだ。結果として、いたちごっこで際限のない採用活動に収益を総動員し、底の抜けたバケツのように人材流出が進んでいく構図が生まれてしまった。
これまでの、介護業界のなかだけで勝てば良い時代ならそれで良かったかもしれないが、今後の人材獲得競争時代において他産業に勝てるわけがない。そういう意味でも、先ほど触れたように介護職員の離職防止・定着促進を軸に、生産性向上を図る総合的な人材戦略への転換をもって、2040年の職場づくりを進めていくことが急務だ。
さて、株式会社産労総合研究所が公表した「2020年度(第44回)教育研修費用の実態調査」の結果を見てみよう。ここでは、1社あたりの教育研修費用の総額が示されているが、よく介護施設などと比較される中小企業でも700万円以上が使われている。読者の皆さまのなかには介護事業を営んでおられる方も多いことと思うが、いかがだろう。不人気とされる介護分野ではこれ以上の「人材への投資」は不可欠だろう。介護人材の「確保」・「育成」・「定着」は、どれが欠けても回らないサイクルだ。
人口動態からして、介護報酬(財源)はますます限られていく。どこにどう投資し、このサイクルを総合的に回していくか。第8期がスタートしたこのタイミングに是非、新しい介護人材戦略を推し進めていただきたい。(『地域介護経営 介護ビジョン』2021年9月号)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。