介護業界深読み・裏読み
過去にない早期決着……
あっけない0.7%プラス改定とその背景
介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!
12月15日、各社が一斉に「介護報酬0.7%のプラス改定」と報じた。例年であれば改定率はクリスマス前後に決定されることを思えば、あまりにも早いタイミングだ。この時点では社会保障審議会・介護給付費分科会審議報告のとりまとめが終わっておらず、薬価も同日午前の段階で決着していない状況だった。ある厚労関係国会議員は「マスコミがこんなに早く書かなければまだ交渉できた。1%プラスに向けて動いていたんだ」とうそぶくが、記者クラプでは事前に「16、17日には決着か」との情報が流れており、すでに14日の午前中、菅義偉首相、麻生太郎財務大臣、田村憲久厚生労働大臣の間で協議がされたことが確認されていた。「トップダウン」の改定だったことは間違いなく、蚊帳の外とまでは言わないが、それほど周辺が関与する余地はなかった。
業界団体でも当然こうした動きはキャッチされておらず、数日前に「前回(0.54%)並みにいけるかどうか」との報道がされたことを受けて、最後のアクションをとるべく準備が進んでいたという。ある老舗団体の某県会長は「本部から全国一斉要望活動を指示されていたが、準備しているうちに改定が終わってしまった」「今回はほとんどほかに任せきり。あまり動きがとれなかった」とぼやく。また、別の団体幹部は「こんなかたちで決まる改定なら、業界団体なんていらないじゃないか。手順も何もあったもんじゃない」と憤るが、それだけ業界にとっても突然の出来事だった。結局、前号でも触れたように、全国老人保健施設協会と全国介護事業者連盟の2者の存在感が目立ったものの、全体的に盛り上がりを欠いた改定劇だったと言わざるを得ない。
その背景には、新型コロナウイルス感染症の第三波が勢いを増し、手に負えない状況になるなかで息せき切って成立を急いだ第三次補正予算の関係もあるだろう。実に4兆7330億円。1000億円に満たない介護報酬のプラス分など霞んで見える規模で、コロナ対策をベースとしてある程度方向性が見えていた介護報酬改定を早期決着させる要因としては十分だっただろう。実際、財務省担当者は、改定率が決まる前週、ある厚労関係国会議員のところへ説明に赴いている。ていねいにゼロコンマ単位のやりとりをするより、早々に前回超えの結論で幕引きを図ったと見るのが妥当だ。
しかし、この第三次補正予算も、介護という分野に限っていえば淡泊な内容と言わざるを得ない。もちろん補正予算である以上、時限的なものであり、第二次補正予算ほどダイナミックな積み上げができないのは当然だが、「福祉施設における感染拡大防止等への支援」(1459億円)はともかく、ほかはといえば「介護・障害福祉分野への就職支援」(6.9億円)、「介護・福祉分野におけるデジタル化・データ連携の推進」(36億円)、「介護・障害福祉分野におけるロボット等導入支援」(5.3億円)と極めて実務的。カンフル剤としての緊急的財源投下と見る向きはほとんどないだろう。菅首相は今後医療従事者への支援金を検討していると報じる記事も散見されるが、メッセージの発しどころは限られているだけに、今後が注目されるところだ。
もろもろ書いてきたが、何はともあれ前回を上回るプラス改定になったことは、大きな意義があると言って良いだろう。コロナ禍の前線にある介護従事者へのエールとしては最低限クリアしたというべきだ。しかし今後、1~2月にかけて各サービス種別の基本報酬や加算単価が決まっていく。今回は特に、感染症対策等で運営基準が厳格化されることで当然、基本報酬が上がるのが道理であることや、CHASEへのデータ提出を評価する加算の上乗せ分が見込まれることで、プラス要素(メニュー)が多いだけに、それぞれ合わせて0.7%というのは却って心もとなくさえある。また、これまで全国老人福祉施設協議会が長年求めてきたものの岩盤を突破できなかった基準費用額(食費)についても、全国社会福祉法人経営者協議会や全国介護事業者連盟が後押ししたことで引き上げられる見込みだ。果たして0.7%が「実質プラス」と言えるものになるのかどうか。4月までの残る数カ月をしっかり見届けたい。(『地域介護経営 介護ビジョン』2021年2月号)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。