介護業界 深読み・裏読み
次期報酬改定で打たれる「地域介護」の布石

介護業界に精通するジャーナリストが、日々のニュースの裏側を斬る!

省庁人事が8月7日に発令された。厚生労働省(以下、厚労省)では大島一博老健局長が大臣官房長に異動、入れ替わりで土生栄二氏が新老健局長に就任した。大臣官房長は、主として国会対策や省内組織管理にあたる重要ポストで、通例から言えば事務次官候補生だ。
土生氏は1986年に厚生省入省。大臣官房長以前には内閣官房内閣審議官を務め、国会対策の手腕が評価されていた。過去には老健局で振興課長を務めた経験があり、就任直後の大きなテーマとなる介護報酬改定(以下、改定)についても十分対応できる逸材だ。

老健局では、在宅サービス等を所管する振興課が「認知症施策・地域介護推進課」と改称した。それまで課長を務めていた尾崎守正氏は健康局に異動。後任には省内で情報化担当政策企画官、また出向先の経済産業省ではヘルスケア産業課国際展開推進室長を務めた笹子宗一郎氏が就任した。

改定といえば、局内では老人保健課が中心。眞鍋馨老人保健課長は留任し、引き続き重要な役割を担うものと見られる。しかし、新型コロナ対応では尾崎氏が前に立つ場面も多かった。次期改定ではさらなる新型コロナ対応が求められているとともに、自立支援・重度化防止にCHASEやVISITなどデータベースを紐づけていく基盤づくりがめざされている。
その2大テーマを前に、これまで内閣府・経済産業省主導で進められてきた、データに基づくヘルスケアに関わりの深い笹子氏が新設課長に就任したことは、厚労省としての強い意志を感じる。

改定議論では、通所介護に関する課題整理が、7月20日の介護給付費分科会で行われた。ここで厚労省が示した論点は「今後も高齢化の進展による需要の増大や、現役世代の減少に伴う担い手不足が見込まれることを踏まえ、▽都市部や中山間地域等のいかんにかかわらずサービスを受けることができるようにする観点、▽人材の有効活用や業務効率化を図る観点、▽質の高いサービスを提供する観点からどのような方策が考えられるか」というもの。
これに対して委員からは、加算算定促進のための要件緩和や単価増に加え、特に顕著だった通所サービスへのコロナショックに一層の財政支援を求める声が挙がった。同時に「通所介護やショートステイでも看取りや中重度者対応を進めるべき」「医師等の関与や外部リハ職との連携をしやすくする仕組みづくりが必要」「看護師確保が難しくなっており、ICTの活用による緩和を検討してほしい」などの意見が出されたことは興味深い。

理想と現実のバランスの取り方が今後を決める

今後、介護保険制度は中重度要介護者対応に重きが置かれることは疑う余地もない。すでに予防や軽度者には制度設計時から糸目がついていたことを隠しもしなくなった。通所介護でも早晩見直しがされるだろうことは衆目の一致するところ、通所介護でも中重度者対応をという声が挙がるのも当然と言えるが、そのためには外部からの専門職関与を進める仕組みが欠かせない。ここまではシナリオ通りといったところだ。

一方で、ICT活用で看護師の配置を緩和すべきという意見は、実態に基づく声として重い。ある大手通所介護事業者はこの発言を受けて「大きな前進」と快哉を叫んだ。看護師の確保は介護業界全体で難航するなか、体力の限られた通所介護では特に負担感が大きい。目先の舵取りとして理に適っている。
今後、通所介護が中重度にも翼を拡げていくとしたら、看護師のさらなる関与は不可欠。ICTや外部からの介入を入口に、現実と理想のバランスを保ちながらどう制度設計していくかが、介護保険全体の今後を左右する。

ある厚労省関係者と意見交換したとき「省内には、かねてから在宅サービスを“まるめ”報酬にしたい思いがある」と聞かされた。小規模多機能型居宅介護(以下、小多機)がそのプロトタイプだが、通所介護の現状から見た距離感がプロセスになると見れば面白い。小多機が必ずしも成功したモデルとは思わないが、方向修正しながらプロセスを辿る施策を「認知症施策・地域介護推進課」で担うとしたら、通所介護が自立支援から中重度者対応まで多様に地域介護を受け止めていくイメージづくりは極めて重要だ。
小幅と言われる令和3年度改定だが、実は重要な布石だったと振り返るときが来るかも知れない。(『地域介護経営 介護ビジョン』10月号)

あきのたかお(ジャーナリスト)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。

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