Dr.相澤の医事放談
第55回
高齢の救急患者受け入れの
役割分担には「文化」が必要
前号では、地域の高齢者の急性期入院医療を中心的に担う病院として、地域密着型の中小病院への期待が高まっているという話題になった。一方で相澤孝夫先生は、「だからといって急旋回し、『明日から高齢者の急性期入院医療に専念』は難しい」とも指摘する。納得を得ながら進めるためにも、「文化づくりが必要」と訴える。
かかりつけ医からの患者紹介はありがたいが
前回、地域の一般病院には「撤退戦」が欠かせないと話しました。特に地域密着型病院は、意識の転換が求められるでしょう。「わが病院は急性期病院だ」と自認していたとしても、「手術は月10件程度」では、思いと実態に乖離があると言わざるを得ません。そうした病院はむしろ、地域で必要な医療を担うことに目を向けることこそが求められているというのが私の考えです。
相澤病院では、医療機関からの紹介で入院する患者さんが年々増えていますが、約50%はかかりつけ医である開業医の先生方からで、ほとんどが内科系疾患の患者さん。「具合が急変して自宅で様子を見るのは少し心配なので入院させてくれないか」というものです。もちろん、相澤病院の医療設備を必要とするような重篤な患者さんもいますが、“ミスマッチ”と言わざるを得ない患者さんのほうが目立ちます。紹介されるということは信頼されていることの裏返しですからありがたいのですが、やはり、求められる医療内容、医療スタッフのマインドとも微妙に異なるのです。
そうしたこともあり、相澤病院のERで診断してから、全54床が地域包括ケア病床の相澤東病院でも受け入れるようになったのですが、こちらは医師や看護師もそこまで潤沢に揃えているわけではなく、相澤病院のように「電話一本で24時間、いつでも」というわけにはいきません。そこで、相澤病院のERで診断してから患者さんの治療・療養に相応しい病院を探して搬送受け入れをお願いするのですが、断られることもあって相澤病院に入院することも稀ではありません。「相澤東病院のような医療機関が他にもあったら、患者さんは病状に適した療養環境で医療を受けられるのに」というのが、急性期病院としての本音でもあるのです。
地域に求められる医療に向き合う文化を醸成する
国も、地域密着型病院にはそうはそうした役割を期待していることをうかがわせる政策を展開していますが、だからといって、地域密着型病院に急に変われるかといったら、それは話が別です。
前回、各病院に対して強制的に機能を特化させることはできないことを踏まえ「文化づくり」に着手していると述べましたが、こうしたいわゆる「下り搬送」の受け皿を前向きに担っていただくには、環境整備という側面が重要です。地道に事例を積み重ねていくなかでこそ、地域での役割分担は進むのです。
実際、相澤病院の救命救急センターでは先ほどお話ししたような患者さんが搬送され、病状を見て、もっとご自宅に近くて落ち着いた療養環境で治療を受けたほうがいいというケースがあったときには、当院の地域医療連携センターがすぐに動きます。地域の病院にご連絡して状況を説明し、引き受けていただけるとのお返事をいただいた際には、診療データも一式揃えて相澤病院の病院救急車に救急救命士と看護師が同乗して先方にお送りするのです。そして、それがいかに相澤病院にとってもありがたいことかを“くどい”と思われるくらいに念押しすることも忘れません。こうした小さな成功体験の積み重ねこそ、必要だと思うのです。
ご紹介いただいた医療機関のほうにも、十分説明してご納得いただく努力が欠かせません。新たな地域医療構想の理想から考えれば、かかりつけ医の先生が患者さんを診てご自身で判断し、近所の地域密着型病院に照会するか、相澤病院に搬送するかを決めていただくのが望ましいでしょう。しかし、「国が進めているので明日から自分で搬送先は判断してください」とは言いにくい。そこで、そうした患者さんのトリアージの経験がある相澤病院でいったん受け入れて、そこから適切な医療機関につなぐという段階を踏んでいるのです。
近い将来、相澤病院の救命救急センターで「最近、高齢者の肺炎患者さんが紹介されることがなくなったなあ……」という声が出ればしめたものです。その理想に向かって取り組んでいるわけで、まさしく前号お話しした「文化づくり」です。
こうして考えていくと、国が進めている医療政策は一見、実情に合っているようにも映るかもしれませんが、これは付け焼刃的に行うぺき取り組みではありません。地域の医療体制を見据え、現在の二次医療圏に固執することなく、必要ならば行政単位を越えて検討すべきものです。
初めに現行の医療圏の枠を設定して考え出してしまうと、どうしても実態から離れたものになりがちですから。(『最新医療経営PHASE3』2024年11月号)
社会医療法人財団慈泉会理事長
相澤病院最高経営責任者
一般社団法人 日本病院会 会長
あいざわ・たかお●1947年5月、長野県松本市生まれ。73年3月、東京慈恵会医科大学を卒業。同年5月、信州大学医学部第二内科入局。94年10月、特定医療法人慈泉会理事長。現在、社会医療法人財団慈泉会理事長、相澤病院最高経営責任者。2010年、日本病院会副会長。17年5月より日本病院会会長。