必要とされる医療と提供体制の間に
乖離が起きていることに目を向ける
日本病院会が5月29日に開いた社員総会で会長を務める相澤孝夫先生が挨拶し、収入よりも支出の伸びが大きい状況が続いていること、病院には今こそマネジメント力が求められていることの2つを呼びかけた。併せて、現行体制のまま補助金等を求めるのではなく、需要に見合った提供体制追求の重要性も念押ししている。
収支バランスの崩れは需給乖離も一因ではないか
日本病院会の総会で申し上げたとおり、多くの病院は収入よりも支出の伸びが大きいという状況が続いています。利益率は低下し続けているわけで、福祉医療機構の調査によると、22年度の一般病院の医業利益率はマイナス1.1%。事業存続の危機と言え、緊急的措置が求められることは確かでしょう。
ただ、ここで強調しておきたいのは、病院側も、わが身を振り返る必要があるということ。収支バランスが崩れている要因の一つとして、需要に対して的確な供給を行えていないのではないか、言い換えれば、今、必要とされている医療と提供している医療、あるいは体制の間に乖離が起きているのではないかと考えるべきなのです。
必要とされている医療が変容しているにもかかわらず、提供体制は変えず、効率性も顧みない。一方で、光熱水費や医療材料費、人件費が高騰している。これでは、利益率が下がってしまうのは必然です。そうしたなかで、物価が上がっているから手当てが欲しい――と訴えても、経営努力がないまま赤字補填のためにお金を無心するようなもので、これでは、国民の納得・理解を得るのは難しいでしょう。
今、求められている医療に対して最適な提供体制を敷いている。それでも「これだけの支出があるので、収入の上乗せを求める」というのであるなら話は変わってきますが、現状では、あえて言えば「需要は変化しているけれど、供給体制には手をつけない。だけど、手当ては欲しい」と見られかねないということです。
85歳以上の高齢患者に最適な医療提供体制
2040年を見据えると、より高齢化が進み、85歳以上の人数は増えますが、現行の多くの病院の医療提供体制はそれに適したものではなく、需要と供給のミスマッチが起きているかもしれません。
このミスマッチをどう解消するのか。7対1看護配置の病棟体制を10対1体制に変更し、その代わりに、高齢者の方々にはリハビリが必要だからリハビリセラピストを手厚くする、栄養管理も不可欠なので管理栄養士を配置する、退院支援のためMSWに入院初期の段階からかかわってもらう――といったことが検討課題になるでしょう。24年度診療報酬改定で新設された「地域包括医療病棟」はまさに、そうした考えから生まれたはず。また、重厚な医療機器を備えた手術室よりも、当院の院内デイサービスのような設備のほうが必要性は高いかもしれません。
こうした体制を敷くことで、入院患者当たりの報酬単価は下がるかもしれませんが、そこだけに焦点をあてるのは誤りだと思います。単価は下がるかもしれないけれど、地域需要に確実に応えることができれば患者数は増えるでしょう。支出も、より適切な体制のためのものなので、収入に見合ったものに落ち着いていくのではないでしょうか。
中小病院には好機だがマネジメント力が必須
今お話ししたことは、それぞれの病院に求められる考え方と取り組みですが、国の政策にもあてはまります。全体の医療費だけを論じても、それが適正かどうかはわかりません。全体の医療提供体制に関するグランドデザインを描き、その実現にはこれだけのお金が必要だという議論が必要なのに、現行の、需要とのミスマッチを起こしている提供体制を前提とした議論が繰り返されているのです。
最たる例が地域医療構想。病院の体制には手をつけず、「病床機能の分化と連携」をテーマに病床数に制限をかける話に終始してしまいました。とても「構想」とは言えません。人口減少と高齢化が進むなか、病床ごとの機能分化を進めてもとても追いつく話ではありません。
中小病院のなかには、こうしたグランドビジョンを持ち出すと「国や厚生労働省は自分たち中小病院につぶれろと言っているのか」という声が上がりますが、私はむしろ逆だと思っています。85歳以上の高齢者が増えるなか、この年代に求められる医療はどのようなものかを突きつめれば、むしろ、ビッグチャンスではないかと思うのです。
念押しすると、ただ、自分たちの「やりたい医療」をごり押ししても、それは通じません。地域に求められる医療は何かを見極め、提供できる体制を病院ぐるみで構築していくことが求められます。日本病院会の挨拶のなかで「マネジメント力が必要」と呼びかけましたが、組織運営力が必要になるのです。(『最新医療経営PHASE3』2024年8月号)
社会医療法人財団慈泉会理事長
相澤病院最高経営責任者
一般社団法人 日本病院会 会長
あいざわ・たかお●1947年5月、長野県松本市生まれ。73年3月、東京慈恵会医科大学を卒業。同年5月、信州大学医学部第二内科入局。94年10月、特定医療法人慈泉会理事長。現在、社会医療法人財団慈泉会理事長、相澤病院最高経営責任者。2010年、日本病院会副会長。17年5月より日本病院会会長。