Dr.相澤の医事放談
第41回
必要な負担に関する議論を回避
医療も各論に終始し全体像見えず

政府は6月16日、「経済財政運営と改革の基本方針2023」を閣議決定した。いわゆる「骨太の方針」だが、社会保障政策については、直前まで「こども未来戦略方針」との兼ね合いで財源論が交わされたという。結果として「税負担は考えない」という文言が盛り込まれたが、相澤孝夫先生は「必要な議論を避けてはいけない」と指摘する。

思い切った方針は示されなかった

「骨太の方針」については、「こども未来戦略方針」とそのための財源に関する記述に注目が集まっていました。結果的には、次のようにまとまりました。

「歳出改革等によって得られる公費の節減等の効果及び社会保険負担軽減の効果を活用することによって、国民に実質的な追加負担を求めることなく『こども・子育て支援加速化プラン』を推進する。なお、その財源確保のための消費税を含めた新たな税負担は考えない」

私はかなり問題だと思っています。「新たな税負担は考えない」とのことですが、大事な問題を避けて通ったという印象です。今後、少子高齢化がますます進むなかで、どのように皆で支え合っていくか。これは、国民全体で真剣に議論しなければならないテーマです。反発や不平・不満も出るでしょうが、避けて通るべきではありません。

また、財政の引き締めをうかがわせる記述が目立ちます。これも疑問を感じます。コロナ禍で行動が制限され経済が停滞しましたが、今はそこからようやく抜け出し、経済を活性化させようという気運を高めなければならない時期のはず。むしろ、積極的な財政出動があってもいいくらいです。

この問題は、医療・介護・福祉業界に身を置く立場から一層強く感じます。骨太の方針でも賃金上昇の必要性を唱えていますが、全就業者の約12%(約800万人)を占める医療・介護分野の就業者のことがあまり顧みられていないのです。この分野の就業者の賃金を引き上げるには、その原資となる診療報酬や介護報酬、あるいは補助金施策の適切な取り組みが不可欠ですが、引き上げるどころか、抑制志向が強く感じられます。

補助金支給だけでなく法人のあり方も検討を

また、医療政策についての言及も見られましたが、これも各論に終始しています。本稿でいつも訴えているように、本当に必要なのは「この国の医療体制についてのビジョン」を示すことですが、ほとんど言及がありませんでした。
特に、全国で8200施設ほどの病院のうち、「令和3年度医療施設(動態)調査全国編」によると、一般病床を有する病院は5736、そのうち200床未満の病院は4058で、多くは地域密着型医療を提供していると考えられますが、こうしたタイプの病院の役割、進むべき方向性は示されていません。

がんや循環器といった疾患については医療計画の5疾病6事業として位置づけられ、特定機能病院の整備などが進んでいますが、問題は、地域住民にとって身近な医療の提供体制の整備です。中心的役割を果たすのは診療所と並んで中小病院ですが、それが明確に示さないままなのです。「英国などに見られる家庭医と大規模病院があればいい」と考える向きも一部にはありますが、そもそも、日本の生活習慣とかけ離れた医療体制ですし、今から舵を切るのは、現実的ではありません。既存の資源をうまく活用することが重要です。
そのために補助金等も活用すべきですが、残念ながらそうはなっていません。地域医療介護確保総合基金も運用のあり方を再考すべきでしょう。現在は「地域医療構想の達成に向けた病床の機能又は病床数の変更に関する事業」「医療従事者の確保に関する事業」など大まかな方向性は示されているものの、良くも悪くも自由度が高すぎ、病院それぞれの用途に応じて出しているのが実情です。本来ならば、たとえば中小病院に求める役割を具体的に示し、それを実行するうえで必要ならば基金を出すというのが本来のあるべき姿です。

もう1つつけ加えたいのは、病院のあり様にも再検討が求められるということ。医療法人制度が1950年に始まって70年以上が経っています。制度が施行された当初は終戦直後で、医療体制を整備する余力が残っておらず、株式会社に見られる配当を禁じる形をとりつつ出資持分を認める制度としました。しかし、保険医療は保険料が53%、公費が32%、自己負担が15%で、一般的な市場経済に則った事業とは大きく異なります。こうした性質を踏まえると、原則的には「出資持分は認めない」方向に進むのが望ましいでしょう。2006年に持分なしの社会医療法人制度がスタートした際、私たちはいち早く手上げし現在の「社会医療法人財団慈泉会」に法人格を改めました。

故・宇沢弘文先生は医療を「社会的共通資本」の一つに位置づけましたが、この原則に今一度、立ち帰ってみるべきかもしれません。(『最新医療経営PHASE3』2023年8月号)

相澤孝夫
社会医療法人財団慈泉会理事長
相澤病院最高経営責任者
一般社団法人 日本病院会 会長
あいざわ・たかお●1947年5月、長野県松本市生まれ。73年3月、東京慈恵会医科大学を卒業。同年5月、信州大学医学部第二内科入局。94年10月、特定医療法人慈泉会理事長。現在、社会医療法人財団慈泉会理事長、相澤病院最高経営責任者。2010年、日本病院会副会長。17年5月より日本病院会会長。

TAGS

検索上位タグ

RANKING

人気記事ランキング