Dr.相澤の医事放談
第21回
健康増進に向け制度を整備し
医療機関の役割も明確化すべき

7月27日、日本人間ドック学会と日本病院会は連名で、田村憲久厚生労働大臣(当時)宛てで「国民の健康づくりに向けた健診・医療機関の役割について」(以下、要望書)を申し入れた。高齢化のなかでますます重要性を増す予防医療、あるいは個人の健康を生涯にわたって支えるPHRの推進に寄与する狙いがあるという。日本人間ドック学会理事長と日本病院会会長を兼ねる相澤孝夫先生に、要望書の概要を聞いた。

健診結果のデータは個人に帰属させるべき

――「要望書」作成の背景には、どのような問題意識があったのでしょう。

健康寿命延伸に向けて保健・医療・介護でさまざまな政策が立案されていますが、それを現場で担う健診団体、病院団体の立場から、健診や予防医療に関する取り組みがより実効性を持ったものになるよう提言したいと考えたのです。提言では、①(仮称)国民健康基本法の制定、②PHR推進に際しての健診・医療機関の役割の明記、③健診団体、および病院団体のPHR関連会議への参画――を求めています。

――「(仮称)国民健康基本法の制定」はなぜ必要なのですか。

健診の仕組みがあまりに複雑で、健康増進という大きな目的の達成に向けた取り組みを阻害しかねないことが背景にあります。健診の実施主体は保険者で、企業や健保組合、国保など。その数は約6000団体にものぼります。そして、健診結果のデータは保険者のものというのが厚生労働省の見解です。
検査を受ける本人が職場を変えると健診データの連続性が損なわれかねないことから、支払基金と委託契約を結んでデータを預けるといった案が出ていますが、このような煩わしいことをせず、国が責任をもって一元管理すればいいではないかというのが主旨です。
何より、個人のデータが、本人には何の断りもなく他者の意思によって自由に使われる余地があるのは問題でしょう。そうしたことを解消するためにも、新たに健康基本法のような法制度を設けて、国の責任による管理を定めたほうがいいのではないでしょうか。

医療機関の「指導」も法的に位置づけるべき

――②のPHR推進に際しての健診・医療機関の役割の明記は、どのような思いが込められているのでしょうか。

まず、健診機関や医療機関の役割が「検査をするだけ」にとどまるのではなく、得られた健診データをもとに、健康増進に向けてかかわることを求めるべきという考えがあります。現在は健診機関、医療機関は「保険者から検査を受託するだけ」という位置づけで、検査してデータを保険者に渡すだけですが、これは、大きな機会損失になりかねません。せっかくPHRの仕組みを用意するなら、それを有効活用することも考えるべきです。

はっきり言って、単に検査してデータを保険者に返すだけでは、実効性のある健康増進策は望めないでしょう。健診結果に問題があったとしても、大半の受検者(被保険者)は、結果を見て少し驚くだけで、行動変容につなげたり、医療機関に相談に行ったりということはしません。なかには、がんのような疾患の傾向が見られても医療機関を受診しない人さえいます。つまり、「健診結果を渡すだけ」というのは、健康増進、あるいは予防医療の観点からすると極めて不十分だし、疾患を治す医療の観点から見てもとてもリスクが高いと言わざるを得ないのです。
検査結果が出た時点で、健診機関や医療機関が責任をもって健康指導する必要があると思うのです。相澤健康センターでは、喫煙の指導にあたって、1日に吸う本数によって肺がどう変化するかの模型を用意しています。これを見た受検者は、たいてい驚いて生活習慣を改めます。そうした働きかけが重要なのです。そのための専門職である療養指導士の育成も必要になるでしょうが、育成に向けた環境が整っているのは、やはり医療機関ではないでしょうか。

病院は「治す医療」と「予防する医療」を担うべき

――「健診団体や病院団体のPHR関連会議への参画」も求めています。

実際に健診業務を推進しているのは健診団体や病院です。そうしたプレーヤーのいない会議で議論しても、机上の空論になりかねません。現場の実態を踏まえた議論、政策立案のお役に立ちたいという思いが強いのです。

――病院としても役割が広がりそうですが、報酬も議論になりそうです。

私は、今後の病院は「病気の治療」に加えて「病気にならないための予防医療」も担うべきと呼びかけています。地域の健康づくりに病院はもっと関与すべきだからです。報酬については、「病気の治療」を念頭に置いた診療報酬から賄うのは無理があるというのが私の考えです。「予防医療保険制度」のようなものを設けて進めていくのが、無理のない形ではないでしょうか。

――ありがとうございました。(『最新医療経営PHASE3』2021年12月号)

相澤孝夫
社会医療法人財団慈泉会理事長
相澤病院最高経営責任者
一般社団法人 日本病院会 会長
あいざわ・たかお●1947年5月、長野県松本市生まれ。73年3月、東京慈恵会医科大学を卒業。同年5月、信州大学医学部第二内科入局。94年10月、特定医療法人慈泉会理事長。現在、社会医療法人財団慈泉会理事長、相澤病院最高経営責任者。2010年、日本病院会副会長。17年5月より日本病院会会長。

TAGS

検索上位タグ

RANKING

人気記事ランキング