これから始める病院原価計算
最終回
成功事例に隠れたたくさんの失敗事例が
経営改善の道を切り開く

病院での実際の事例、データをもとに、病院原価計算の導入と効果について紹介してきた連載が最終回となった。原価計算を経営改善につなげるにはどうしたらいいか、定性的な情報をいかに加味するか。そして失敗事例を単なる失敗ととらえず、成功に導くための考え方を最後に示したい。

原価計算を活用するために担当者が心がけるべきこと

病院が原価計算を導入するキッカケとして最も多いのは、経営状況の悪化です。そのような背景で任命を受けた担当者は使命感をもって改善に取り組もうとします。しかし、多くの場合は現場からの協力が得られず、次第に結果を開示するだけになります。そうなってしまうのは、周りと優先順位が異なるからです。原価計算の担当者にとって、経営状況を改善することは、達成しなければならない業務に位置づけられます。しかし、医師や看護師などの医療スタッフの多くは、それよりも上位に位置する使命があると考えています。

原価計算を経営改善につなげるには、そうしたギャップを埋めるコミュニケーションが重要になります。相手の価値観を変えるのは、とても難しいことです。どのような改善案であれば現場が受け入れやすく、協力しようと思ってくれるのかを考えなければなりません。

分析場面で見落としやすい定性的な情報に目を向ける

データ分析が得意な人は、論理的思考力が優れています。そうしたスキルをもった担当者が導き出した結論は、一見すると盤石です。しかし、データ分析によって得られる結論には偏りが生じます。その理由は、データに表現されない情報を見落としがちだからです。

たとえば、病棟別の原価計算において、A病棟の看護職員給与費がB病棟より高かったとします。それ以外の指標が同一だった場合、A病棟の看護職員はB病棟より生産性が低いと言えるでしょうか。ここまでの情報ではどちらとも言えません。なぜなら、違いが生じている原因がわからないからです。この時点の結果は、単なるデータの集計にすぎません。その他の情報にも目を向ける必要があります。

情報を開示する前段階で気になる結果の原因を確認

先ほどのようなケースで原価計算の結果を開示すると、それを見た人はどのような印象を受けるでしょうか。おそらく、A病棟に所属している人は自分が責められているように感じ、そのほかの人は、A病棟はB病棟よりも非効率な運営が行われていると考えます。しかし、そのような状況になっている理由が、A病棟の看護師長が退職することになり、引き継ぎ予定の看護師がA病棟に入職したため一時的に増えているだけだとしたら、どうでしょうか。もしくは、看護部全体でA病棟を新人教育の重点部署としており、意図的に若手を多く配置していることが理由だとしたら、いかがでしょう。もしかすると、分析に利用している給与データにおいて、所属部署が正しく設定されていないだけといったことも考えられます。

このようなことが原因だった場合、それを周知せずに結果を開示すると、現場から不信感を抱かれます。これらのケースは、筆者が担当している病院で実際にあった事例をもとにしています。原価計算の結果が、データを一定のルールに基づいて処理した結果であるという担当者の言い分も理解できます。しかし、現場の感情を左右するデリケートな情報を扱っていることは、自覚しなければなりません。あらかじめ原因を調べることを意識すれば、そういったことが生じるリスクは下げられます。

難しい状況から逃げ出さず努力を継続すれば報われる

病院の経営改善は、周りの協力が得られなければ実現できません。国家資格がなければできないことが多く、一人でできることは限られています。誰かに変わってもらうことは、自分が変わるより難しく、多くの人が頭を悩ませます。筆者自身、訪問先で提案したことに対して反発を受けることがあります。そうしたことを経験するたびに、どうすれば打開できるかを考えます。

うまくいった場面で共通しているのは、諦めなかったことです。実は、反発された相手に2回目の提案ができる人は限られます。怒られることが好きな人はいないのでもう1度話し合うことに対してはどうしても消極的になります。そうした気持ちと闘いながら2回目、3回目と努力を重ねると、「この人は何でこんなにしつこいんだろう……」と思われます。その目的が病院の持続可能性を確保し、いい医療を提供し続けることであると伝われば、めざす理想が共通していることがわかってもらえます。そうなれば、コミュニケーションは格段にとりやすくなります。経営改善までは、あと一歩です。

1年3カ月間続けてきた当連載で伝えたかったこと

当連載は本稿が最終回となります。これまで、成功事例を紹介する機会が多くありました。最後に、それらのケースが多くの失敗によって生まれたものであることを伝えたいと考えました。
15回にわたってご覧いただき、ありがとうございました。またお会いできることを願っています。(『最新医療経営PHASE3』2021年3月号)

小川陽平
株式会社メハーゲン医療経営支援課
おがわ·ようへい●2012年10月、株式会社メハーゲン入社。IT企画開発部に配属。自社開発の原価計算システムZEROのパッケージ化を推進。14年6月、R&D事業部に異動。15年11月、WEBサイト「上昇病院com」開設。1年で会員数200人突破。16年9月、医療経営支援課に異動。17年10月、大手ITベンダーと販売代理店契約締結。18年、原価計算システムZEROの年間導入数10病院達成

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