実践・医師の働き方改革
第5回
現場からのフィードバックで地域医療の現状を「見える化」

コーチングで実現!病院・地域をいきいき活性化する

現場からのフィードバックで地域医療の現状を「見える化」

それでは、病院内での具体的なコーチングの進め方はどうすればよいでしょうか。その第1歩は、「目標設定(Goal)」です。

そもそも、コーチングは「クライアントを本人の望ましい状態に導いていく」ためのツールです。このため、最初に病院経営者自らが、「今和」の時代にどのような「Goal」を設定するか明らかにすることが最も大切なポイントとなります。
自院が「これからもこの地域の医療機関として活躍するために、どんなビジョンのもと、どのような立ち位置を取るべきか」、冷静にかつ客観的に判断し、自院の方向性を表明することが大切です。次に「現実把握(Reality)」を行います。つまり、現場の声をいかに拾い上げるかが重要になってきます。

大手企業などでは、ここで360度フィードバックを実行することがしばしばあります。これは上司・同僚・部下など、対象者との関係性や立場が異なる複数の評価者によって、対象者の人物(実態)を多面的に浮き彫りにする評価手法です。ただ、私自身は当時それを行う環境が整っていなかったため、院内外の医療関係者30人の方に、自らフィードバックをもらいに行き、私や我々の診療科に対しての忌憚のないご意見やフィードバックをうかがうことにしました。

実際にお声がけさせていただいたのは、医局員だけではなく、病院長、診療部長、内科医局長、病棟看護師長、外来看護主任、栄養科長、病棟薬剤師、内科秘書、医事課職員といった、院内のステークホルダーはもちろん、地域の糖尿病専門医の先生方などです。
フィードバックと言えば聞こえがよいですが、実際にはほぼ「苦情」に近い内容ももちろん含まれており、ちょっと心が折れそうになることもありました。ただ、多様な現場の生の声を聴かせてもらえたことで、病院や地域医療体制の実情を、立体的に「見える化」することができました。これにより、課題の優先順位付けが明確になり、結果的に、企画倒れになるような無駄な施策をうつことなく、非常に効率良く改革を進めることができたのです。

「GROWモデル」で何をするかを考える

現状(Reality)を認識し、Goalに向かうための必要条件を把握できたところで、次にその「ギャップ」を埋めるための方法を考えます。そこで「使える資源(Resource)」に視点を向けていきます。一般的にヒト・モノ・カネや情報といったものから、過去の経験や時間など、あらゆるものが資源となります。そして、Resourceをしっかりと精査し、自分達の周囲にある資源を見渡し、周囲の環境を客観的に把握できたら、次に取るべき選択肢実践(Options)を検討していきます。
特に我々は、糖尿病チームで働いてくれている医療スタッフにタスク・シフトすることに注力し、救急外来受診の初診よりも医療連携室を通じての糖尿病支援入院へのダイレクト予約で初診患者を増やしていったことは前回までにお話しした通りです。

最後に意志(Will)についてです。自分達が取るべき選択肢が定まり、Goalまでの道筋が何となく整ったとしても、強い意志をもってそれを実行しなければ、描いたプランは絵に描いた餅になってしまいます。Goalに到達したい気持ちが十分なのかどうか改めて問いかけ、そのやる気が充実していれば、「働き方改革」の推進力は大きく強まります。
このようなGoal、Reality、Re-source、Options、Willという5つの頭文字をとって名付けられたコーチングの手法は「GROWモデル」と言われています(図)。この5つの要素をおさえた働きかけを行うことで「望ましい状態に向かって何をしていくとよいか」を考えていくフレームワークとなり、ピジネスの世界でも盛んに取り入れられています。

図:コーチングの「GLOW」モデル

効果的なチーム条件で注目される「心理的安全性」

読者の皆さんの病院におかれても、院内の課題を洗い出す際に、自院の問題点について、「時間外労働時間数」や「離職率/典型的な離職理由」等といった数値化も含めた「具体的な内容」できちんと把握されることが大切です。そして、医療スタッフ達が「日々、どんなことを思って働いているのか」「どんなところがクリティカルに不満の種になっているのか」といった「現場の気持ち」に関ても、早い段階で数多く引き出しておく必要があります。それができていないと、いくら対応策を講じていったとしても、現場を巻き込めず、結局は企画倒れになる可能性が高くなります。

また実際には、確実にGoalにたどり着けるよう、プロフェッショナル・コーチや、医療コンサルタントを採用することも有用かもしれません。そして近年、米国IT大手のGoogle社のピープルアナリティクス チームが「効果的なチームの条件とは何か」という問いからリサーチプロジェクトを開始して、「優れた上司の条件」として挙げられている項目の一つとして「心理的安全性」という言葉が出てきており、注目を集めています。「医師の働き方改革」においても、この言葉が大切なキーワードになると考えています。(『最新医療経営PHASE3』2020年11月号)

佐藤文彦(Fumihiko Sato)
Basical Health産業医事務所 代表
1998年、順天堂大学医学部卒業。2006年、同大学大学院内科・代謝内分泌学卒業。12年、同大学内科・代謝内分泌学准教授。順天堂大学付属静岡病院糖尿病・内分泌内科長など、糖尿病の足の最先端分野での診療・研究を長年行っていた。16年、日本IBM株式会社専属産業医を経て、18年より現職。日本糖尿病学会研修指導医、日本コーチ協会認定メディカルコーチ。