実践・医師の働き方改革
第3回
医師のタスク・シフトと同時に他の医療職の専門性を確保

コーチングで実現!病院・地域をいきいき活性化する

病院経営者の先生方とすれば「院内のどこから働き方改革を進めたらよいか」疑問を持たれると思います。
私の経験も含めて結論を申せば、まずは、「働き方の改善に興味を持ってくれている診療科から着手し始めること」が有効といえます。
最終的には、病院内全体で働き方改革を推進していくわけですが、その前に、どんな診療科であったとしても、病院内で「成功事例」を作ることは他診療科においても非常に参考になりますし、病院としてもリスクを小さく始めることができます。

ヘルス·リテラシー向上に向けた取り組みの可能性

一方で、今の日本の医療の現状として、とにかく診療を求めてやって来る患者さんを、たとえ時間外であったとしても拒みにくい文化が強く存在します。こうした現状が医療現場の勤務環境に大きな影響を及ぼしているのも明らかです。

ただ、こうした事態に対してわれわれの取り細みを行っていくうえで感じたのは、「医療機関における患者教育にも、まだまだ可能性が残されている」ということでした。
低血糖で救急搬送されてくる患者さんの場合、対症療法的な低血糖改善だけの医療処置を施して、流れ作業のようにただ自宅に戻すのではなく、たとえばその入院中に食事指導や、教育入院の患者さん方と一緒に糖尿病についての講義を聴いてもらいながら、その人の生活様式において本質的には何が問題なのかを一緒に考えていくことも非常に大切だと考えます。

世の中に「救急搬送されたい」と思っている患者さんやご家族などいません。ですから、きちんとその患者さんご自身が自分の体調のことについての問題点を認識し、可能な限り行動変容をしてもらう。そうやって、せっかく入院した機会をフルに活用し、生活習慣に対するリテラシーを高めていけば、二度と救急車で来院されることはなくなるはずです。
そうすれば、今まで以上に自分達の病院が地域の方々からの「信頼」を得るようになり、初診外来患者数が今まで以上に増加する可能性か開けていきます。

実際に、静岡病院の糖尿病内科ではこの「医師の働き方改革」の取り組み以降、現在でも地域の開業医等の先生方からの紹介患者数が増え続けており、それに伴い収益も増え続けています。このような患者さんに対するヘルス・リテラシーに注目した包括的な診療体制については、もちろんあらゆる診療科にあてはまるといえます。

タスク・シフトで大切なのは手間暇をかける医師の「覚悟」

一方で、メディカルスタッフへのヒアリングの結果、印象的だったのは、「この地域で専門性を高めながらこれからも働き続けたい」という声が多いことでした。
医局員は、大学医局から派遣されて来る人が多いですが、多くのメディカルスタッフは地元住民であり、「この地域ですっと働き続けたい」と思っている人がおられます。そして、彼らの日常業務も非常に忙しく、医師同様に「自分たちでなくてもできる仕事」に忙殺される状況に陥っていることでした。

つまり、医療職である彼らが、きちんと自らの専門性を発揮できるような環境をつくらなければ、医師からのタスク・シフトも現実に推し進めることはできません。このためわれわれも糖尿病チームのメディカルスタッフへのヒアリングを積極的に行い、時間をかけて業務の棚卸しを行いました。

タスク・シフトは難しいと言われる方もおられます。しかし、実際には難しいのではなく、タスク・シフトを行う「覚悟」を、医師側がきちんと持てるか否かだと私は考えます。

たとえば、患者さんへの講義をメディカルスタッフに行ってもらおうとする場合でも、医師が納得できるようなレベルに到達するまで何度で指導を行うようにします。われわれの医学的意向をしっかりと理解してもらい、その意向を踏まえたうえで、患者さんに講義してもらうようにする。こういった「手間暇をかけ、覚悟を持って教えきることが大切」であると私は考えています。

こうやって、糖尿病チームのメディカルスタッフが1人、また1人と独り立ちしていくことで、彼らも糖尿病治療チームの一員として、今まで以上にやりがいをもって仕事に取り組んでくれたと実感できました。
単なる「医師からの負担転嫁」として、メディカルスタッフにタスク・シフトをするのではなく、他職種のやりがい創出につながる形で業務を任せていくことで、本人にとっても、その病院にとってもお互いに、さらにWin-Winの関係性を構築していくことができます。(『最新医療経営PHASE3』2020年9月号)

佐藤文彦(Fumihiko Sato)
Basical Health産業医事務所 代表

1998年、順天堂大学医学部卒業。2006年、同大学大学院内科・代謝内分泌学卒業。12年、同大学内科・代謝内分泌学准教授。順天堂大学付属静岡病院糖尿病・内分泌内科長など、糖尿病の足の最先端分野での診療・研究を長年行っていた。16年、日本IBM株式会社専属産業医を経て、18年より現職。日本糖尿病学会研修指導医、日本コーチ協会認定メディカルコーチ。

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