実践・医師の働き方改革
第2回
医局員からの改善案を実行「希望して行きたい派遣先」に
コーチングで実現!病院・地域をいきいき活性化する
順天堂大学医学部付属静岡病院は、中伊豆にある伊豆長岡温泉街の中に位置しています。静岡病院のホームページによると救急車搬送件数は6692件、ドクターヘリの出動件数は1339件(2018年度)と、日本でも有数の第3次救急病院です。※1
この病院に糖尿病・内分泌内科の科長として赴任を命じられた当時、私は41歳でした。こんな「異例の人事」が実現した理由は、私が優秀だったからではありません。率直に申し上げて、私のほかに「この病院に赴任したい」と思う医師がなかなかいなかったからだと思っています。私自身かなり驚いたものの、教授も困っているのかなと、私自身が勝手に忖度してしまったところもあり、また「天邪鬼」な性格でもある私は、二つ返事で赴任を了承しました。
※1 https://www.hosp-shizuoka.juntendo.ac.jp/department/lifesaving/activity-report/
定期的なコミュニケーションで具体的な提案を引き出す
実際に救急搬送されてくる患者さんのなかには、高血糖を伴っている方も珍しくありません。ですので、他科の医師から「搬送されてきた患者さんが高血糖だから手伝ってほしい」といった要請があると、我々糖尿病内科医も救急外来に駆けつけます。そういう依頼が夕方以降にあると、結局深夜まで緊急対応に追われます。残業続きの医局員達に対し、私は「1on1」といったマンツーマンのコーチング手法を用いたコミュニケーションを定期的に重ねていきました。すると非常に具体的な改善案をどんどん提案してくれるようになり、これらを基に、私達が最初に取り上げた改善案は、以下の3つでした。
(1)糖尿病診療の見直しによる業務改善
(2)積極的に逆紹介を行い、地域の開業医の先生方から遅滞なく患者さんが紹介されてくれる体制づくり
(3)メディカルスタッフの教育体制・支援体制を充実させたうえでのタスク・シフト
1つ目は、当科が置かれていた「臨床上の課題」です。糖尿病内科の場合、時間外労働を引き起こす大きな要因となるのが、高血糖・低血糖による救急外来受診です。ただ、低血糖による救急外来受診については、薬物療法を我々専門医が工夫することにより、減らしていくことができるのではないか、ということでした。混合型インスリンをできる限り使用しないような薬物療法に変更することにより結果的に、低血糖発作における救急搬送を減らすことに成功したのです。※2
※2:片平雄大、登坂祐佳、杉本大介、飯田雅、佐藤文彦;日本糖尿病学会中部地方会(静岡)2015
2つ目は、他院から紹介されてくる患者さんのなかには、当時、血糖コントロールが極めて不良になってからはじめて当院に救急外来で受診される方も少なからずおられました。この理由の1つとして、開業医の先生方は拠点病院に紹介すると患者が戻ってこないというジレンマを抱えているところがありました。この不安感を取り除くために、赴任初年度に150人程度、症状の安定している患者さんに地域の医療機関へ逆紹介をし、地元に帰ってもらいました。また開業医の先生が、糖尿病教育入院希望の患者さんがいることを医療連携室に電話すれば、患者さんは、非常に混んで待たされる大学病院の外来を1度も受診することなく、期日指定で、しかも大部屋にも入院することを可能としました。
こういった取り組みによって、糖尿病患者さんの円滑な紹介・逆紹介のシステムを伊豆地域において構築していくことができました。これにより、低血糖での救急搬送も激減し、伊豆半島の地域全体の糖尿病医療レベルの底上げが可能となっていきました(表)。
専門医が診るべき範囲の患者さんと、プライマリケア領域の医師が診るべき糖尿病患者さんのすみわけが徐々に上手くできるようになり、健全な地域連携の体制が整備されるようになっていったのです。
働き方改革の成果に医局員のマインドの変化
そして3つ目に、働き方の問題です。医局員がこなしている業務の中には、必ずしも医師が行う必要のない仕事も少なくなく、多職種へのタスク・シフト可能な業務が多く混在していました。いかにメディカルスタッフにタスク・シフトを行っていったかについては、次回詳しくお話しします。
医師から看護師に、看護師から事務職dへとタスク・シフトする。そうやって丁寧に多職種へのタスク・シフト可能な業務をそれぞれに移行していくことによって、業務内容は思った以上に改善されていきました。
そして、働き方改革がもたらした大きな成果として「医局員たちのマインドの変化」が挙げられます。これら一連の取り組みを通じて、「働きやすい環境」であることが医局全体にも伝わっていきました。そうすることで、今までとは状況が一変して「医局員たちにとって、希望して行きたい派遣先」となっていくことができました。このように「本院の医局内でも注目されている病院で働いている」という環境は、静岡病院で働く医局員にとっても大きな励みとなり、さらにモチベーションを高める要因にもなり得たのです。(『最新医療経営PHASE3』2020年8月号)
1998年、順天堂大学医学部卒業。2006年、同大学大学院内科・代謝内分泌学卒業。12年、同大学内科・代謝内分泌学講座准教授。
順天堂大学附属静岡病院糖尿病・内分泌内科長など、糖尿病の最先端分野での診療・研究を長年行っていた。16年、日本IBM株式会社専属産業医を経て、18年より現職。日本糖尿病学会研修指導医、日本コーチ協会認定メディカルコーチ。