経営数字のかしこい使い方
第5回
「売上」「粗利率」「労働分配率」を
1%ずつ改善するだけで利益が倍増

病院の経営改善を検討する際、唐突に「病床再編」や「診療科の再編」などが打ち出され、現場が反発して頓挫するというケースがしばしば見られる。根拠に基づかないばかりか、現場の納得もないままに提示されることもある。仮にその根拠として収支目標を示すと、それが現場の実務とイメージを結びつけることが難しいだけに、かえって抵抗にあうことさえ考えられる。そうした課題を解決するのが「お金のブロックパズル」だ。

お金のブロックパズルで利益アップの具体策

これまで、「お金のブロックパズル」を通じて病院におけるお金の流れをつかむ方法を紹介してきました。今回はさらに実践に踏み込んで、そのなかの3つの数字を改善するだけで利益を2倍にするシナリオのつくり方について解説します。

経営改善について意見を求められたとしても、周囲が領いてくれる計画や戦略を提案するのは難しいものです。いきなり各論から切り込めば、医師の反発や現場の抵抗を受けるかもしれません。

この連載で繰り返し申し上げていますが、まず病院のお金の全体像を可視化し、状況を把握する必要があります。腹痛で来院した患者を診察するのと同じで、血液検査をしたりレントゲンを撮ったりします。さすがに診察もろくにせずいきなり手術はしないでしょう。経営も同じはずです。しかし現実には、ろくに検証もせずにいきなり病床再編を打ち出したり過剰投資をして診療再編したりと、対症療法的な解決策を打ち出すケースが散見されます。
そこで、お金のブロックバズルです。無理な対策案を打ち出さなくても、いくつかの手法を組み合わせるだけで利益アップの道筋が見えてきます。

小さな改善を組み合わせる

図1は、一般急性期病院をイメージしたブロックパズルです。前提として売上が100%、変動費が20で粗利が80、粗利率80。固定費は75で人件費が48、その他の固定費が27。利益は5となります。このような収支構造の病院があると仮定しましょう。
利益5なら病院としては決して悪くありませんが、税引き後利益に減価償却費を繰り戻して5.5なので、返済6が捻出できません。そこで、必要な利益をいかに増やすかを考えてみたいと思います。

3つの数字をたった1%改善するだけ

それぞれのブロックの面積記分を見ながら、どうすれば「返済6」を確保できるかを考えてみましょう。対策の方向性は大きく、①収入アップ、②支出ダウン、③資金繰り対策――の3つがあります。いずれの対策も手元のお金を増やし、返済資金を確保することにつながります。

1つ目の収入アップは、全体のパイを増やすことで利益を増やそうとする方向性(売上アップ、租利率アップ)です。2つ目の支出ダウンは、全体のパイはそのままで出ていく経費を減らして利益を增やそうとする方向性(変動費ダウン、その他の固定費ダウン、労働分配率ダウン)です。3つ目の資金繰り対策は、お金の入りと出は変わらないので利益自体は増えたり減ったりしません。よく言われる「黒字倒産」は、損益計算書上では黒字の状態であるにもかかわらず、この資金繰りの関係で法人などが倒産することを指します。「資金繰り対策」は現場の業務改善には直接は結びつきませんから、ここでは「収入アップ」と「支出ダウン」に絞って話を進めます。

「収入アップ」と「支出ダウン」で挙げた3つの数字、(1)売上、(2)組利率、(3)労働分配率がそれぞれ1%ずつ改善されると利益はどうなるかを見ていきます。

(1)売上1%アップ→101%

1%のアップなら、現場でも心理的なハードルはそれほど高くはないでしょう。診療収入は診療単価×患者数ですから、たとえば、特定の診療科で入院患者数が何人増えるとか、手術件数があと何件増えれば達成できるかといったシミュレーションを描くことができます。
また、診療報酬請求の適正化を図るだけでも1%くらいのアップは可能かもしれません。

(2)粗利率1%アップ→81%

一般企業であれば、商品やサービスの値下げを安易にしないことで粗利率を改善することができますが、病院の場合は変動費を下げるほうが現実的です。変動費は医業収益に比例して増減しますが、医薬品費、診療材料費や検査委託費(外注費)などは外的要因で価格が高騰し、医業収益と関係なく増加する場合もあります。
調達先を吟味し、条件のよい先への切り替えなどを検討したり、不良在庫を見直すことが考えられます。

労働分配率1%ダウン→59%

労働分配率(人件費÷粗利)が60%ですが、「1%改善」とは数字が減ることを意味しますので59%にします。これは、大幅なリストラをするほどではなく、時間外労働の削減、あるいはみなし残業による人件費圧縮が考えられます。
ほかにも、スタッフのスキルアップ、web会議システム導入などによる会議や業務の効率化や生産性向上などが考えられます。

同時並行的アプローチで収支改善にインパクトを

このようにして3つの数字を1%ずつ改善すると、利益は何パーセントアップするでしょうか。セミナーや支援先でこう問いかけると「3つの数字を足して3%かな?」「何となく10%くらいかな?」などいろいろな意見が出てきます。
実際に計算してみましょう。特に売上以降の粗利、固定費、人件費、そして利益がどうなるかに注目してください。売上は1%アップで101。粗利率は<101×081>で81.8になります。労働分配率は59%になるので<81.8%0.59>で48.3。その他の固定費は変わらないので固定費合計は75.3。粗利81.8から固定費75.3を引くと利益は6.5となります。つまり、利益は30%アップです。

図2のように利益から先を見ていくと、借金を返済しても0.5は次年度に持ち越せる繰り越し金として残すことができます。3つの数字をたった1%改善しただけですが、収支改善のインパクトはここまで出てくるのです。ちなみに、図3のように、3つの数を3%ずつ改善すると利益はなんとほぼ倍増します。

もうひとつ注目してほしいのは労働分配率を下げたのにもかかわらず、人件費が微増していることです。これだったら職員の理解も得られるかもしれません。つまり働き方を工夫すれば、職員の人件費をキープしたまま、売上や粗利率を少しづつ改善して利益をアップすることができるのです。人件費を下げるというとネガティブなイメージになりますが、労働分配率を下げるということは、粗利を上げるという選択肢もあるわけです。一番のキーポイントとなるのは、労働分配率かもしれません。利益貢献度の高い部署や診療科に還元するという方法もあるかもしれませんし、事務パートを採用し診療部門への負担軽減を図ることも一案でしょう。
このように、同時並行的なアプローチなら無理なく利益アップが実現できるのです。

お金のブロックパズルは組織図そのもの

3つの数字を1%ずつ改善する事例を紹介しましたが、実際に自施設の数字を入れシミュレーションしていただきたいと思います。

図4に示した事例は実際の500床規模の病院ですが、このようにわずかな改善で、人件費を下げることなく利益2倍を達成できるのです。売上1%アップということは年間1億1200万円の売上増となりますが、現場がイメージしやすいようにこれを月ごとに細分化します。すると、月間930万円の増となり、患者1人当たりの入院収入77万円で割ると約12人の増患が必要となります。
さらにこれを週単位にすると「あと3人、入院患者を増やそう」ということとなり、具体的な行動に落とし込みやすくなります。入院経路別にそれぞれ考えると、救急車の応需率を何パーセントアップするか、紹介や初診の患者をあと何件増やそうかなど、いろいろ現場でもアイデアが出てくるでしょう。また、粗利率アップ策なら用度課や薬剤部によるコストマネジメント、労働分配率に関しては人事総務で還元策を考えられます。このように、お金のブロックパズルのなかに現場レベルの業務改善策をそのままあてはなめることができるのです。必然的に組織図ともつながっています。

たった3つの数字を1%以下の改善をするだけで利益倍増のシナリオを描きましした。このように、段階的にシナリオを示してあげることによって、まず構造として利益を2倍にする、現実的な方法があることを知っていただきたいと思います。その次に、具体的にどうやって現実化するかに焦点をもってくることができたら、あとは、それぞれの部署の機能的役割を発揮すればよいのです。

このように、病院の経営教字を俯瞰して、全体で利益アップに貢献するためにはどうしたらよいかという広く深い視座をもつことが、コロナ禍の厳しい経営環境を乗り切るためには必要です。(『最新医療経営PHASE3』10月号)

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杉浦鉄平(メディテイメント株式会社 代表取締役)
すぎうら・てっぺい●30年以上にわたる病院勤務(臨床15年、看護部長10年、事務局長5年)と、病院コンサルタント経験で培った、病院経営における人、ビジョン、お金すべての問題を解決するメソッドを体系化。このメソッドをより広く普及させるためにメディテイメント株式会社を設立。また、セコム医療システム株式会社顧問に就任。「病院組織再生コンサルタント」として、多くの病院の組織変革を実行。現在は、コンサルティングと同時に、病院管理者研修、病院の意図を理解し、自律的に行動する医療経営人財を育成する「医療経営参謀養成塾」を運営。

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