【特別インタビュー 今、医療経営士に求められること】
磨いてほしい「聞く力、話す力」
リンクワーカーの役割に期待

少子高齢化、人口減少などを背景に、日本の社会構造は大きな転換点を迎えている。医療界も例外ではなく、医療需要が変容しつつある一方、提供体制も見直しが迫られている。その担い手である医療機関においても、医療事業の持続可能性を高めるため、経営の重要性が高まっている。2010年の設立以来、医療経営士を全国に輩出してきた日本医療経営実践協会の新しい代表理事に、原勝則氏(国民健康保険中央会理事長)が就任した。激変期を迎えた医療界における協会、医療経営士の使命や役割についての考えとともに、医療界の諸課題などについて聞いた。

持続可能な医療提供体制へ規制と緩和を組み合わせる

――日本医療経営実践協会の理事会において全会一致で新代表理事への就任が決まりました。吉原健二前代表理事からバトンを引き継いだ経緯についてお聞かせください。

 吉原さん、前理事の多田宏さんから熱心にお声掛けをいただきました。国民健康保険中央会の仕事と兼務となり、最初は「荷が重いな」というのが率直な気持ちでしたが、お2人からなぜ、声をかけていただいたのかを考えました。私は厚生労働省に37年間、国民健康保険中央会に8年間勤めてきましたが、その半分以上が医療関係の仕事です。そのような経歴をご覧になって適任と思われたのでしょう。
 現在、中央会の課題に、膨大なデータを的確に分析・評価して活用できるシステム人材の育成があります。私もその人材確保に腐心していますが、同じように、経営が厳しさを増す医療機関においても人材の育成・確保が課題になっています。その意味でも医療経営士が果たす役割は大変重要であると考え、微力ながら、お引き受けした次第です。

――医療ニーズの変容や財政問題などもあり、課題山積の医療提供体制の現状をどのように見ていますか。

 少子化と人口減少、それによって当然起きてくる医療・介護人材不足、働き方改革、高額なバイオ医薬品など医療の高度化への対応や医療保険財政の問題などを背景に、医療提供体制のあり方はずっと問われ続けていますが、私が常に胸に留めていることが2点あります。1つは国民皆保険体制についてです。日本人の大多数がこれを高く評価し、後の世代に引き継いでいこうと考えているのではないかと思います。私もぜひ、そうしなければならないと思っています。
 これから将来にわたって国民皆保険体制を堅持し、国民に良質な医療を継続して提供していくためにはマクロとミクロの視点があると思います。マクロな視点では、医療保険制度と医療提供体制という2つの車の両輪が確実に機能していくことが重要です。地域医療構想調整会議の議論や、診療報酬での財源確保の問題など各論はさまざまですが、皆保険体制を守るという同一の価値観のもとで、提供体制のあり方について不断の見直しをしていかなければなりません。
 ミクロな視点では、医療サービスの提供主体である医療機関の経営が安定しなければなりません。そのためには医療提供体制について、「規制」とその逆の「緩和」、あるいは「医療機関の自由裁量」を最適な組み合わせにしていくことが必要ではないでしょうか。そのような思いは私が厚生労働省医政局総務課長として第5次医療法改正(2007年施行)を担当したときからずっと抱いてきました。
 たとえば、自由開業医制そのものを否定するわけではありませんが、医療保険制度で医療費を賄う現行の仕組みのなかで、自由開業医制にこだわり過ぎると医師の地域・診療科偏在が起きるのは当然です。医療を取り巻く状況が大きく変化するなかで、皆保険体制を維持するために、ある程度の規制をかけるという考えが生まれるのは必然ではないでしょうか。
 一方、医療の質・安全の確保のために必要な規制は残さなければいけませんが、医療保険の財源が制約を受けていくなかで医療経営の自由度を高める政策、つまり規制緩和も必要になってきます。その代わり、良質な医療を提供していただくため、徹底した情報開示をセットで行うべきです。

職員に選んでもらうために魅力ある職場づくりが必要

――長年、行政に携わってきた経験から、現在の病院・診療所の経営に関してどのように見ていますか。

 医療機関を取り巻く状況が厳しさを増すなか、医療経営の重要性がますます高まるでしょう。財源確保の大きな手段である診療報酬も複雑化しており、収益がどの程度上がれば、自院にプラスに働くのかをきちんと考えられる人材が求められます。
 個別的な課題としてはまず、何と言っても、医療・介護人材の確保が挙げられます。国が処遇改善策を講じていますが、最終的に個々の医療機関の経営努力や、魅力を高めることによって、職員に選んでもらえるようにすることが求められます。
 2つめは中央会の仕事を通じて私自身が痛感していることですが、医療DXです。これから人材不足にますます拍車がかかります。状況が厳しくなればなるほど、ICT等を活用し効率的かつ良質な医療サービスの提供につなげていく必要があります。
 3つめは地域医療構想と関連しますが、地域のなかで担う医療を明確にしたうえで、そのために何をしていくかを考えていかなければなりません。皆が同じことに取り組んでも結果的に競争が厳しくなるだけです。自分の持ち分、役割を明確にしながら、互いに連携し合うことが医療経営の基本と言えるでしょう。

 自院の強みを見極め、担いたい医療と現実に担える医療の乖離を埋めていく必要があります。担いたい医療については経営者が考えるべきですが、その気持ちがなければ進歩はなく、質の向上につながっていかないでしょう。
 大切なのは、制度やシステムをいくら用意しても、それを効果的・効率的に活用できる人材がいなければ意味がないということです。医療経営士という資格は、医療機関の経営の持続性を高めるために、経営者・管理者の手足となり、時に頭脳となって、医療経営のスペシャリストとしての立場から経営を補佐する役割だと認識しています。
 医療機関には国家資格を持つさまざまな職種の方がいますが、現場でそのような方々をつなぐリンクワーカー、病院のなかの総合調整役といった役割を医療経営士の方が担えると考えています。

多様化する医療機関の役割地域づくりに貢献する意識を

――経営戦略を描くうえで、医療経営の知識を身につけ、実務に携わりながら研鑽を深めている医療経営士はキーパーソンです。とはいえ、医療現場で専門職の方たちを動かすのは簡単ではないでしょう。

 難しいことだと思いますが、医療経営士の皆さんには柔軟な発想で医療専門職がなかなか思いつかないようなことを提案していただきたいと思います。医療専門職ではない立場だからこそ、遠慮せずにモノが言え、調整役をこなせるというメリットもあるのではないでしょうか。もちろん、国家資格化や診療報酬上でしっかりと位置づけることも望ましいことです。
 専門的な知識、能力をお持ちの医療経営士の皆さんに一番必要な資質は「聞く力」と「話す力」、いわゆる表現力、プレゼンテーション力だと思います。両方を備えていただくことが大事です。経営戦略を実行していくためには人の話をよく聞き、上手に説明できなければいけないからです。そして、何より経営者や他の医療従事者から信頼されるため、誠実でなければなりません。

――最後に、経営の専門人材として医療経営士に改めて期待すること、メッセージをお願いします。

 私の持論でもありますが、人口減少がこれだけ進むなかで、これからの社会保障は「地域づくり」という視点でやらなければいけないと思います。地域のなかの医療機関ということを意識して、地域とのつながり、かかわりをつくっていくことが不可欠になります。病院・診療所は単に医療を提供するだけでなく、介護と連携したり、学童保育の機能を担ったり、町おこしにも参画するといったように、地域の中心的存在、柱になっていただきたい。
 医療機関は地域の貴重な社会資源であり、地域づくりに貢献することが結果的に選ばれる医療機関につながるのではないでしょうか。医療経営士の皆さんはぜひ、そのような広い視点、意識を持っていただきたいと思います。

―本日はありがとうございました。

◇一般社団法人日本医療経営実践協会
医療機関をマネジメントする上で必要な医療および経営に関する知識と経営課題を解決する能力を有し、実践的な経営能力を備えた人材として「医療経営士」資格を位置づけ、同資格の認定、養成を目的として2010年7月に設立。
住所:東京都中央区八丁堀3-20-5 S-GATE八丁堀9階
TEL:03-3553-2906
URL:https:www.jmmpa.jp
原勝則代表理事

原 勝則(はら・かつのり)●1979年、早稲田大学政治経済学部卒業後、厚生省(厚生労働省)入省。医政局総務課長、経済課長(現・医薬産業振興・医療情報企画課長)などを経て老健局長、厚生労働審議官などを歴任。2017年から公益社団法人国民健康保険中央会理事長。佐賀県出身

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