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入院基本料増に期待しつつ
自前でできるコスト対策も必要

食費・居住費・日用品等
ホテルコスト自費時代を見据えコスト抑制とともに
サービスの向上も検討せよ

物価上昇を受けてコスト対策が必要に

「生き残るのは、最も賢いものや、強いものではなく、最も適応性の高いものである」という言葉は進化論の理論で有名なダーウィンが残したとされる。
この言葉を経営の糧としている方も少なくないであろう。近年の病院経営を取り巻く大きな環境変化と言えば、新型コロナウイルス感染症だが、それに伴って足元では物価上昇という環境変化が起きている(図表)。
一般の生活においても、食料品のほとんどの価格が上がり、電気料金、電子機器をはじめ、あらゆる消費財の価格が上がっている。個人の生活と同様、企業でも経営上の費用が軒並み増えている。

図表 各種コストの変化

出典:日本病院会「入院基本料の引き上げに関する要望書」

この3月末の決算で頭を悩ませた医療経営士は多いと思う。建て替えや新築を考えている法人においては、建築単価の上昇を受けて、計画そのものの見直しを強いられているところもあるはずだ。
このように外部環境の変化によってコストが増加した場合、企業としての対応策は、①コスト増を業務改善などの効率化によって吸収していく、②販売価格に転嫁する、③利益を減らす――の3つしかない。これまで長らくデフレや物価上昇が乏しかった日本経済において、多くの企業は①の選択肢をとってきた。しかし、今回は、②の価格転嫁を選択した企業が多く、これが国全体の物価上昇へとつながっている。

日本病院会が入院基本料引き上げを要望

医療機関において、こうした環境変化にどのように対応することが望ましいのであろうか。本来であれば医療機関においても、食材費や光熱費などの上昇に合わせて価格を上げるべきであろう。ところが、入院時の食事療養費は30年前から変わっておらず、電気代は別途徴収することは認められていない。
目下の対応として、新型コロナの感染拡大に伴う物価高騰への支援対策として、地方創生臨時交付金を自治体経由で医療機関に支給することとなっている。しかし、このような臨時的な予算で対応できる範囲は限られているし、コストが高止まりした場合に永続的に続くのかはわからない。

こうしたなか、日本病院会では入院基本料を引き上げる要望書を政府に提出したという。
医療サービスの価格である診療報酬で物価上昇分をみていくことが本来のあるべき姿だろう。これまで長らく診療報酬のマイナス改定が続いてきたが、物価がほとんど上昇しなかったデフレ下はともかく、インフレへと状況が変わっているので、当然診療報酬での対応も変えるべきである。

ちなみに、介護保険では食費や日常生活活品費は、利用者から徴収することができる。負担限度額は設定されているが、それを超えた徴収も認められている。実際に、物価高騰を理由に値上げしている介護施設が増えているという。
医療機関だけが取り残されて、環境変化に対応できない“井の中の蛙”になりかねない。

統制経済か自由経済か
方向性を打ち出すべきだ

売価を上げてコスト高に対応するだけでなく、もう一つ企業としてやらなくてはならないのが従業員の賃金アップである。
物価上昇のなか、従業員も生活をしていかなければならず、その原資となるのが給料である。これも一般的には最低賃金が上がったり、ベースアップで給料を上げたりしている。国家公務員も昨年には月例給が上がっており、賃金アップは政府が目指す大方針の一つにもなっている。

医療者の賃金に関しては、2022年度診療報酬改定で看護職員処遇改善評価料が新設された。しかし、対象となる医療機関は救急搬送件数が年間200台以上など、救急医療を担うところに限られている。
また、対象職種には看護師以外も含まれるが、対象者を増やすと一人当たりの金額は減ってしまう。そのため、多くの医療機関では看護師に限定しているようだ。日本看護協会は次回の改定で対象となる医療機関を拡大することを求めている。
診療報酬で特定の人たちの賃金を上げるという制度はいびつな構造であり、企業全体の利益や各種規則に関係なく働いている従業員の一部に収益が振り向けられる。本来あるべき姿としては企業が体力をつけ、そのなかから人件費に振り向ける循環である。
診療報酬によって、医療機関の人件費を国が制御するのであれば、いっそのこと医療機関に勤務する国家資格者に対し、国から給与を支給するほうが公平である。
現在のように一部の職種の、一部の給与だけ、国が関与する仕組みはいかがなものか。

現行の診療報酬の仕組みでは、売価が国家により統制されている一方、コストになる仕入れは個々の医療機関が自由市場から調達することになる。さらに、これまで統制されてこなかった人件費においても一部管理がされるようになってきた。
こうしたなか、物価高騰という環境変化に、タイムリーな対応ができなくなっている。自由市場と統制経済が混ざってしまうことによる制度疲弊が顕在化してきた。

そろそろ診療報酬改定の議論か話題になってくる時期である。制度の簡素化を叫びながらも、年々複雑化している。
制度をつくっている人も運営している人も、全体像を俯瞰的に把握している人は誰一人いないのではないだろうか。統制範囲を広ていくのか、自由化させていくのか、大きな方向性を定め、抜本的な見直しが必要な時がきている。(『月刊医療経営士』2023年5月号)

藤井将志 氏
(特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長)

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