MMS Woman Lab
Vol.98
他者理解の基本は自分への理解
今求められるアサーション力
<今月のお悩み>「医療機関で総務人事を担当しています。例年、夏の賞与のタイミングで退職者が増えます。手続きのために何度かやり取りをしていると、退職者の本音を聞く機会も多く、人間関係が原因となっていることが少なくありません。そのような話を聞くと、組織としてなんとかできなかったのかと考えてしまいます。職場のコミュニケーションを改善するための有効な対策はないでしょうか。
単なるわがままではなく自分の気持ちを伝えるとは?
「コロナの感染拡大」という言葉何度文字にしたことでしょうか。まだまだ緊張感の続く毎日です。多くの病院では夏休みを交代で取得する期間に入っていると思いますが、少しでも気持ちをリフレッシュする機会になると良いですね。
また、職員の日頃の頑張りに対して、賞与を支給した病院も少なくないかと思います。ただ、賞与支給の時期になると、残念なことに退職の申し出も増えてくるものです。なかには、「夏の間、実家に帰って少しゆっくりして、秋からまた仕事を探して働き始めます」という方もいらっしゃいますし、総務人事の担当者として、なんとなく寂しい気持ちになりますね。
総務人事担当者は、退職の手続きをするなかで、「最後にこれだけは……」と、退職者の本音を聞くことも多いことでしょう。職場内のコミュニケーションが原因の退職も少なくなく、「先輩のきつい言動に耐えられなくて」とか、「同僚とうまくいかず、居心地が悪かった」といった話を聞くと心が痛み、組織としてなんとかできなかったのかという気持ちになるとのこと、本当にそのとおりだと思います。
人間関係についてのご相談はこれまでも何回かいただいていますが、最近、特に多くなってきていると感じています。そのなかで人事や教育担当の方から「アサーション力が足りない」という言葉を聞くことが増えてきました。
アサーションとは、コミュニケーションスキルの一つで「人は誰でも自分の意思や要求を表明する権利がある」との立場に基づいて自己表現を行うことです。単なる自己主張、わがままと勘違いしてはいけないのですが、相手の気持ちに配慮しながら、自分の思いや考えを伝えるスキルのことを言います。
「先輩に指摘されると何も言えない」「きつい言葉をかけられて嫌な気持ちがしても我慢するしかない」と感じている人は、もしかしたらそのアサーション力が足りないのかもしれません。
相互に理解し合うためにはお互いの「円滑な主張」が必要
そもそもコミュニケーションにおいては、「聞く」「伝える」「話し合う」という3つの基本行動が必要です。この3つのうち、「伝える」の部分が苦手なのではないでしょうか。
自分の気持ちや考えを伝える時に大切なのは、「相手と対等な目線に立つ」ことです。仕事の役割上、対等の立場ではなかったとしても、「私はこう感じました」「私はこう考えます」という自分ごとを表現するうえでは、一人ひとりは尊重されるべきです。ですから、それに対して「そんな受け取り方はおかしい」「生意気なことを言うな」と相手が反応する場合、それは相手側に他者理解がない、受容力が足りないということです。
多職種協働で仕事をする医療の現場では、チーム内のコミュニケーションのなかでそれぞれの専門性を尊重して意見を言い合い、違う視点で見ながら患者さんに提供する医療を最善のものにしようとしています。仕事に向き合う姿勢と同じで、自分と他者の間の関係を最善のものにするためには、お互いの違いを知って、受け入れて歩み寄ることが大切です。そのためには「円滑な主張」が必要になるのです。
すでに人間関係がギクシャクしてしまっていると、「怒られるのが怖い」「もっと関係が悪くなったら困る」「あまりかかわりたくない」など、ネガティブな気持ちになってしまいがちですが、自分の意見や気持ちを率直に相手に伝えることができる環境を、職場風土としてつくっていけると良いですね。
そのためには、自己表現を行う時に、相手に対して誠実さと感謝の気持ちを忘れない、場にいる全員が対等であると考える、相手への要求だけでなく自分も責任を負うというアサーションの基本が大切になってきます。
〈石井先生の回答〉
自分の気持ちも相手の気持ちも大切にするというのは、当たり前のようでなかなかできないことかもしれませんが、他者理解の基本は、自分への理解です。まずは自分の気持ちをきちんと表現できることが大切ではないでしょうか。
人と人が理解し合うためには、まず自分の気持ちや考えをきちんと言葉で表現することが大切です。しかし、その自己表現が苦手な人が増えているようです。アサーション力を高めることによって自分の意見や気持ちを率直に伝えられる環境をつくっていけるといいですね。(『月刊医療経営士』2022年9月号)
いしい・ふみ●医療情報技師、医療メディエーター。民間企業でソフトウエア開発のSEとして勤務した後、社会福祉法人に入職。情報システム室などを経て経営企画室長に就任後は新規事業の企画、人材育成などに携わった。現在は医療経営人材育成活動、企業向け医療ビジネスセミナーなどを行うとともに、関西学院大学院、多摩大学院にて「地域医療経営」の講座を担当している。著書に『医療経営士中級テキスト専門講座第2巻「広報/ブランディング/マーケティング」』『経営企画部門のマネジメント』(ともに日本医療企画)ほか