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HPVワクチン接種の勧奨が再開
現場を守るために正しい情報発信が必要

メディアは「ほんの一部」をセンセーショナルに報じるもの
医療者には正しい情報発信も求められる

メディアの副反応報道でHPVワクチン接種は急減

「ワクチンで重い副反応、全国で1112人」という見出しと、「ワクチンの効果で、将来50年で1万人ががんを回避」では、いずれの記事のアクセス数が高くなるだろうか。

どちらもHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンに関する内容で、前者は2014年に報道された新聞記事の見出しだ。子宮頸がんの原因の95%以上はHPVへの感染とされており、それを予防するワクチン接種が13年4月から無料でできるようになり、推奨された。
しかし、接種後に副反応による足の痙攣、頭痛や関節の痛みといった症状が出現したことを各種メディアが大々的に取り上げ、HPVワクチンが“悪者”になり、2カ月後の6月には国によるワクチン接種推奨を中止するに至った。このメディア報道と推奨中止の効果は絶大で、当初70%を超えていた接種率は急減し、1%未満にまで落ち込んだ。メディア側の大勝利と言えるだろう。

問題は、それが正しい選択だったのかである。その後もわずかだが国内での接種があり、その追跡調査での副反応率は0.5%未満で、想定以上に悪いわけではないことがわかっている(図表参照)。
医療関係者であれば、ワクチンに限らずどんな薬でも副反応が一定数あることは常識だ。絶対に副反応が生じない薬はない。副反応を考慮しても、薬による治療効果やワクチンによる予防効果が高いため、薬事承認を得て使用される。COVID-19のワクチンでも相当数の接種者が翌日に高温の発熱や、四肢の痛みを発症しているが、それ以上に蔓延防止という効果があるため接種が進んだ。

図 HPVワクチンの副反応疑い報告の推移

日本の子宮頸がん対策は一周以上遅れている

HPVワクチンの接種への一般報道に対して医療界の反応はどうだったのであろうか。日本小児科学会や日本産婦人科学会、日本感染症学会などが接種推奨に向け発表をしてきた。諸外国の接種率は当然高くなっており、米国6割、イギリス8割、韓国7割となっている。さらに世界保健機関(WHO)に至っては、グローバルヘルスの脅威トップ10の1つに「必要なワクチン接種への躊躇と忌避」を取り上げ、グローバルなインフルエンザ・パンデミックなどと並んで問題視している。

原因の95%以上になるウイルスへのワクチン接種が進まないため、過去10年間の子宮頸がんの罹患率や死亡率は改善していない。WHO等のデータによる分析では、分析対象の31カ国のうち多くの国では罹患率も死亡率も横ばい減少しているが、日本は減少しておらず、子宮頸がんの患者数も増加している。今後の予測でも、多くの国では改善していくが、日本は罹患率も死亡率も上昇予測となっている。13年以降もHPVワクチンの接種率が70%以上を維持できていた場合に比べると、生涯のうち子宮頸がんになる患者数は2700人増え、死亡者数は700人増加する計算になる。

厚生労働省も問題であることはわかっており、21年11月に厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会と薬事・食品衛生審議会薬事分科会医薬品等安全対策部会安全対策調査会の合同で22年4月からHPVワクチン接種の勧奨をすることとなった。同時に副反応の相談窓口の整備や、機会を逃した人への無料接種なども進めるという。
この8年間にHPVワクチンの開発が進み、副作用が急激に下がったわけではない。状況は8年前と変わらず、単に世界の常識から取り残されただけである。

※:Cancer誌オンライン版2021年8月9日号

報道機関のあり方とメディアリテラシー

今後もワクチンによって副反応が生じることはあるし、本当に重篤な副反応が起こってしまった人からすると、ワクチンに対する思いは良くないのは当然である。しかし、発症率が異常ではない現象に対して、あたかも多発するよう報道ばかりをするのはいかがなものか。
もちろん、メディアもビジネスであり、アクセス数が上がる報道のほうがビジネス的には正解となるのであろう。しかし、本当にそれでいいのであろうか。この間に避けられたかもしれない2700人のがん患者に対して報道を信じたのだから仕方ないで済むのであろうか。

民主主義にとって、メディアの報道に規制がかからず自由であることはとても重要なインフラであることは間違いない。副反応の状況をきちんと伝えることも必要であり、最終的に判断するのは個人である。しかし、判断するのに必要な救われる命の情報もしっかりと報道すべきではないだろうか。一方で、個人としては、センセーショナルに報道されることに惑わされず、事実をしっかりと見極められるメディアリテラシーが求められる。(『月刊医療経営士』2022年1月号)

藤井将志 氏
(特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長)

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