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看護・介護・保育の賃上げ
今から院内での調整を始めよ

新政権が掲げる看護・介護職の給与向上
処遇改善加算時の対応を参考に不平等の改善策を検討せよ

新しい資本主義

10月に就任した岸田文雄首相は大きな方針として「新しい資本主義」を打ち出している。一部の勝ち組だけがいい思いをするのではなく、富の分配をきちんと行うことで社会全体が富の恩恵を受けられる「成長と分配の好循環」を実現させるという。

具体的な施策として、医療機関に大きな影響を与えそうなのが、看護・介護・保育の公定価格の検討だ。看護・介護・保育分野で働く人たちの給与を上げることが掲げられている。これらの仕事は、自身の身体を使ってサービスを提供するエッセンシャルワーカーの代表格である。ホワイトカラーが資本主義の富を独占するのではなく、エッセシャルワーカーにも富を配るというメッセージであろう。

11月中には検討委員会を立ち上げ上議論を始めるようだが、どのような金額が、どんな方法で配分されるのか、気になるところだ。企業の利益体質を強化し、その利益を人件費に誘導するのが一般的な姿だろう。事実、1人当たりの給料が高い大企業は利益も出ている。そうなると、まずは病院が十分に黒字体質になることが前提になるが、そうした方向で議論が進むとは考えにくい。もしくは、生活保護や児童手当のように広く集めた税を一定条件の個人に直接配分する方法もある。看護師は役所に手続きをすると自分の口座に分配金が振り込まれるといった感じである。

処遇改善加算の問題点

過去の実績からすると、介護職への処遇改善加算の方法が有力になる。同加算はキャリアアップなどの体制を整備した法人の収益に上乗せされるが、増収部分は100%介護職に還元しなければならない。実際に成果も出ており、介護施設の介護職の平均年収は2013年の307万円から、19年には346万円へと12.7%増加している(図参照)。

ただし、運営する法人側からすると課題も多い。加算対象となる介護事業と、ならない医療事業を併せ持つ場合、同じ介護職であっても前者には加算がつき、後者にはつかない。法人内において不平等な状態を生み、ローテーション等にも影響を与える。不平等の解消には事業者が持ち出しで非対象の職員の給料を上げる必要がある。また、ケアマネジャーや看護師などには分配できなく、こちらにも不平等と思われてしまう。処遇改善のような新たな加算がつくと、この歪みがより大きくなり、対象職種が増えて複雑化することは間違いない。

この方法は、看護師と介護職の給与を、国の指示の下で支払うようなものであり、国営企業でもないのに給与支払いを管理され、組織運営から一定の権限がなくなるともいえる。そもそも保険収入は診療報酬で定められており、価格決定の権限は医療機関にはない。それに加え支出の多数を占める人件費もコントロールされるとなると、一種の国営企業のようになってしまう。
次年度の診療報酬改定の議論か後半戦に差しかかっているが、今から急遽仕組みが追加されるのか。それとも、改定がない年に制度変更があるのか。今後どのような検討がなされ、具体的な方法が決まっていくのか注目したい。

分配の前に成長が必要

もう一つ「成長」をどう実現するかを考える必要がある。看護・介護・保育への分配のほかにも子育て世帯の住居・教育費支援などが挙がっているが、肝心な収入源になる成長の部分については現時点で明示されていない。

日本が低成長に突入した90年以降、何人もの首相が、経済成長を促す施策をうってきた。しかし、結果は、ほとんど出ていない。この間に経済発展が著しかった中国やインドはさておき、米国やドイツ、イギリスも着実に成長してきた。1990年から2020年のGDPの成長率で言うと日本の1.6倍に対し、米国は3.5倍、イギリスは3.1倍。ドイツは2.5倍と大きく差をつけられている。30年もの長い間“成長”してこなかった社会が、ぐんぐん成長する仕組みが取り戻せるだろうか。

医療機関で考えると改定のたびに診療報酬がどんどん上がり、職員の給料も材料費も毎年のように引き上げていき、次々に新しい事業を拡大していくような世界である。これが、あらゆる消費財で起こり、数年前より物価が確実に上がり、その分給料もしっかり上がっていく。この30年間、高度経済成長中の一部の国だけではなく、諸外国ではこの成長を実現している。
長年達成できなかった成長を抜きに分配だけするとなると、必ずどこかを減らすことになる。たとえば看護師が全国で約160万人いるが、年収を1割増やすには、恒久的に5400億円の予算が必要になるという。それを別の予算から持ってこられるのだろうか。
別の予算をカットしないで達成するには税収を増やす必要がある。消費税、所得税、法人税といった三大税収で増税するのか。所得水準が高い人からの徴税や社会保険料アップを強めていくのか。増税せずにコロナ禍で膨張した借金に、さらに上乗せし、毎年のように借金を増やしていくのか。ちなみにコロナ禍を経て政府の債務残高の名目GDPに対する比率は、第二次世界大戦前後を超えて200%以上になった。既に前代未聞の領域に突入している。

病院経営も同じだが、どのように予算を使うかは、決めれば間違いなく使うことができる。しかし、どのように収益を増やすかは、外部要因もあるため不確実性が高くなる。どう分配するかが決まっていても、成長が確実でない環境で分配のことだけが先に進むことが心配である。(『月刊医療経営士』2021年12月号)

藤井将志 氏
(特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長)

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