MMS Woman Lab
Vol.85
多様性を受け入れる社会で
ハラスメントへの正しい理解と対応を

<今月のお悩み>新卒で4月の採用直後から遅刻や欠勤の多い職員がいます。低血圧、朝が弱いなどの理由が続くので、受診をすすめたのですが、特に疾病等はないようです。ある日、翌日午前中に部署の会議があり、「明日は遅刻しないようにね」と声をかけたところ、「私が朝弱いのを知っているのにそんなプレッシャーをかけないでください。パワハラですよ」と言われてしまいました。それからは注意もしづらく、どう接すればよいのかアドバイスをお願いします。

ハラスメントへの誤解が新たなハラスメントを生む

ダイバーシティ、インクルージョン、包摂的な社会という言葉が日常的に使われるようになってきました。私自身も地域包括ケアシステムのフィールドにおいて、最も重要な概念は多様性を受け入れることだと思っています。
では、この「多様性を受け入れる」とは具体的にどのようなことを指すのでしょうか。

端的に言えば、「一人ひとりの属性の違い、身体事情の違い、働く条件の違い、生活の制約の違いなどによる差別や区別をしないこと」です。たとえば、属性の違いでは、性別や年齢、国籍などの違いがあげられます。身体事情の違いとしては、ハンディキャップやがんなどの疾病、コミュニケーションに困難を感じる特性などがあります。それらの違いを補う工夫をしていくことが多様性を受け入れるという意味ではないでしょうか。

少子高齢社会を迎えるにあたっては、年齢による働き方の違いが生じること、家族の介護などに一定の時間を費やす人の就業条件に配慮をすることなども必要です。これがインクルージョンに向けた取り組みになります。
こうした多様性を認めずに差別や区別を繰り返す、精神的な負担を与えるとしたら、それは「ハラスメント」になります。そういった視点から、ダイバーシティへの対応を考えるなかでさまざまなハラスメントが意識されるようになってきました。しかし、このハラスメントも正しく理解していないと、新たなハラスメントを生む要因になってしまうことに注意が必要です。

ご相談の新入職員は、4月の採用時から体調を崩しがちで遅刻や休みが多いということですね。もちろん体調がすぐれないのであれば、しっかり休養をとっていただきたいですし、無理な就労をさせるのはよくありません。上長としては、受診をすすめたり、回復へのサポートをしていく必要もあります。しかし、診察を受けても特に疾病の兆候はなく、入職から3カ月経って「低血圧で」「朝が弱くて」などの理由で遅刻が多いというのは困りものです。
そういう職員に対して、上長として、「明日は遅刻しないように」と声をかけるのは当然の行為だと思います。ところが、その職員から「入職した時から朝が弱いのを知っているのにそんなプレッシャーをかけないでください。パワハラですよ」と言い返され、それ以降、注意ができなくなってしまったのですね。
よく考えていただきたいのです。が、そもそもそれは本当にハラスメントなのでしょうか。

ハラスメントと指導の違いを正しく理解しておくことが大事

ハラスメントとは、強いて言えば相手に対して行われる「嫌がらせ」のことです。地位や権力などを背景に相手に嫌がらせを行うのがパワーハラスメントです。もちろん、ハラスメントを行う側にそのつもりがない場合でも、相手が苦痛を感じた場合はハラスメントに該当します。一方、業務上の必要な指示や注意・指導については、言われた相手が不満や苦痛を感じたとしても、それが「業務上の適正な範囲」で行われている場合には、パワーハラスメントにはあたらないのです。

今回の場合も、もし上長が身体的なハンディキャップ(疾病も含め)のある職員に対して、朝は体調が整わず、日によって就業できる状態になるまでに時間がかかるといった特性への配慮を行わずに、「嫌がらせ」で時間どおりに出勤するように執拗に言っていたとすれば、それはハラスメントになります。しかし、そうではないのであれば、それは就業規則を順守するように部下を指導しているのであってハラスメントには該当しません。
「それってハラスメントですよね」という脅し文句で上長が部下に対して、適切な指導をすることができないように仕向けるのも、立場を利用した立派な「パワーハラスメント」(いわゆる”逆ハラスメント”)です。

多様性の受け入れについても、ハラスメントのあり方についても、まずは正しい知識と適切な対応方法を身につけましょう。そして、職場環境の整備に取り組んでいってください。

〈石井先生の回答〉

ちょっと注意をすれば「パワハラ」、性差を話題にすれば「セクハラ」……。「何でもハラスメントと言われて何もできない」と思っている方は、ハラスメントへの理解が十分ではないかもしれません。業務上必要な指導はハラスメントではないので、正しい知識と適切な対応方法を身につけましょう。(『月刊医療経営士』2021年8月号)

石井富美(多摩大学医療・介護ソリューション研究所副所長)
いしい・ふみ●医療情報技師、医療メディエーター。民間企業でソフトウエア開発のSEとして勤務した後、社会福祉法人に入職。情報システム室などを経て経営企画室長に 就任後は新規事業の企画、人材育成などに携わった。現在は医療経営人材育成活動、企業向け医療ビジネスセミナーなどを行うとともに、関西学院大学院、多摩大学院にて「地域医療経営」の講座を担当している。著書に『2018年度同時改定からはじまる医療・介護制度改革へ向けた病院経営戦略』『経営企画部門のマネジメント』(ともに日本医療企画)ほか

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