今月の行政情報 コロナ禍でも関係ない 公立・公的病院の経営改革を止めるな

収益7割減でも生き残れる病院とは

500床の病床を一部を残してほとんどを数日で閉鎖し、外来診療のみ継続した状態で、3年間病院経営を持続させる。「そんなこと、できるはずがない」と病院経営の知識を持ち合わせている医療経営士ならば考えるであろう。病院の主たる収入は入院収益であり、医療経済実態調査によると一般病院の収益の約7割を占めている。その7割がゼロになるわけなので、たとえば100億円の収益のうち70億円が3年間もなかったら経営が成り立つはずはない。しかし、そんな〝マジック〟が使える病院がある。

これは、新型コロナウイルスの打撃を受けた医療機関のことではなく、2016年に発生した熊本地震で被災した熊本市民病院の事例である。被災した当時に使用していた建物が築37年と新耐震基準前の建物で、地震によって建物が危険な状態となり、入院患者を他病院に搬送し病棟機能を停止せざるを得ない状況となった。外来機能は規模を縮小して継続し、病棟は小児の一部を除き、ほとんど不稼働な状態となった。その状況で3年が経過し、19年10月に新病院に建て替え、病棟再開にこぎつけた。

その間の経営指標が地方公営企業年鑑で公開されている(図表1・2参照)。入院収益は震災前に80億円あったが、地震後は4億円前後と急減している。外来収益も26億円から10億円と大幅に減少している。年間92億円もの収益が吹き飛んだわけなので、経常利益も地震前の4・5億円の赤字から、被災した年は34億円の赤字へと大きく悪化している。この状態で3年間経営し、4年後には230億円で新病院を建てることができる。民間病院では考えられないことだが、まぎれもない事実である。この間に国が引き受け手となる熊本地震減収対策企業債の発行という形で、熊本市の病院事業における企業債が年間35億円~87億円増えている。

公立・民間病院間での公的資金支援の違い

公立病院はいざという時に、こうした公的な援助がすぐさま実施できる経営主体となっている。同様に地震で被災した民間病院については、被災した建物を改修するグループ補助金という形で改修費の2分の1から4分の3が補助される。これは病院に限らず一般企業も対象となっている補助金である。完全に機能を失った複数の民間病院の理事長に聞いてみたが、これ以外に公的な資金支援は全くないという。

これがマジックの正体である。だからズルいとか言いたいわけではない。今回の新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、公立病院が率先して対応しているところもある。もちろん、民間病院でも積極的に対応しているところはあるが、感染症指定病院や中核病院であることが多い公立病院がコロナ患者を全面的に受け入れているケースも少なくない。

パンデミックの発生時や地震や洪水などの大災害の際には、経営うんぬんではなく、医療機関の最大のミッションである「医療を提供すること」に集中すべきであり、経営のことなど二の次になりがちである。逆に経営のことが頭をよぎると、本当にあるべき医療的な判断ができなくなる可能性がある。それが危機的状況下の実情であろう。今回のコロナ禍でも、似たような経営判断を迷いながらも下している医療機関は少なくないだろう。

公立・公的病院の経営は平時と有事を別に考える

コロナ禍が収束した後に、感染症を受ける病床が少ないなどといった議論から、公立・公的病院の統合再編の話が急速にしぼみ、「インフラとして存続する意味があるのではないか」という論調が盛り上がるのではないかと危惧している。確かに、一部の公立病院の活躍でコロナ禍を乗り越えられた地域はあるだろう。しかし、公立病院の6割は赤字といわれており、その維持には全国で年間約8000億円もの公的資金が投下されている。これだけのお金が使われていたとしても、コロナ禍などの危機的なことが目の前で起こると、「それだけの意味はあった」などという安直な考えが広がりがちである。

そこで検討したいのが、平時の病院経営と危機が発生した時の病院経営を分けて考えられないだろうかということだ。平時については民間病院と同様で、まともな病院経営をしていれば万年赤字を垂れ流す状態ではなくなる。その一方で、緊急事態が発生した時には盤石な経営基盤に支えられた意思決定ができると望ましい。

そこで考えられるのが、指定管理制度により公立病院を民間委託するという形である。何も新しい手法ではなく、すでにそのような事例はたくさんある。経営母体は自治体であるため、何かあった場合に公的資金をつぎ込むことは難しくないだろう。民間病院の場合、私企業であるためどうしても公的なお金を入れることは難しい。
平時は民間病院並みの筋肉質な運営を行い、危機時においては柔軟な対応で経営を持続させるような一石二鳥な枠組みをめざしてはどうだろうか。そうすると、赤字補填の年8000億円が削減され、その代わりに危機的な時には柔軟にお金が使えるようにすればいい。

自然災害だから、パンデミックだからという〝錦の御旗〟を掲げ、やるべきだった改革の手を緩めることはあってはならない。あるべき姿に近づけるよう知恵を出していくべきだろう。(月刊医療経営士 2020年7月号)

Monthly’s Eye 今月の提言!!
 万年赤字の公立・公的病院
 その経営改革は必須である
 コロナ禍で忘れられつつあるが
 絶対にうやむやにしてはいけない

藤井将志(特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長)

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