医学切手が語る医療と社会
第16回
診断用医療機器:診断を支える技術の進歩
郵便切手は、郵便料金を前納で支払った証として郵便物に貼る証紙であるとともに、郵便利用者に対しアピールできるメディアであるという側面も保持しています。この連載では、医療をモチーフとした切手について、そのデザインや発行意図・背景などを紹介していきます。
はじめに:現代医学の診断に不可欠な「医療機器」
医療において、診断とは病気の性質や進行度を見極め、適切な治療方針を決定するための出発点です。そのため、正確な診断を支える「医療機器(Medical Devices)」の存在は、現代医学にとって不可欠な要素となっています。
診断用の医療機器は、病気の早期発見やリスクの評価、経過観察、治療効果の測定などに多用され、医師の目や耳、手指を補完し、時にはそれらをはるかに凌駕する精度をもって病態を明らかにします。
医療機器の中でも、特に診断を目的とする器具や装置は、比較的古くから使われており、その多くは現在も姿や機能を変えながら医療の現場で活躍しています。
こうした機器の歴史には、医療の本質が凝縮されています。それは、「目に見えないものを見えるようにしたい」という科学的に探究心と、「より正確、安全に、負担なく診断したい」という医療従事者の志向とが交差する領域です。
ここでは、切手という視覚的メディアを通じて、診断用の医療器具や医療機器の発展の歩みを振り返ります。聴診器、心電図、血圧計、検眼鏡、さらには近年登場したカプセル内視鏡など、医療の進歩を支えてきた機器の姿を描いた切手をご紹介しながら、医療技術と社会の関わりを読み解いていきます。
医療診断機器の発展
もっとも古典的な医療診断機器の1つが「聴診器」です。これは1816年、フランスの医師ルネ・ラエンネック(1781–1826)によって発明されました。当初は単なる木製の筒でしたが、それまで医師が患者の胸に直接耳を当てて音を聞いていた時代に比べ、聴診器は飛躍的な進歩でした。
やがてゴム製チューブを用いた聴診器が登場し、現在では電子式の高感度モデルも普及していますが、その基本原理は変わっていません。
19世紀末には、心臓の電気的活動を記録する「心電図」が登場しました。これはオランダの生理学者ウィレム・アイントホーフェン(1860-1927)によって開発されたもので、彼の業績は1924年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
心電図は今日でも、心筋梗塞や不整脈などの診断に欠かせない基礎的検査です。
その他にも、「血圧計」や「検眼鏡(眼底鏡)」など、19世紀から20世紀初頭にかけて多くの診断機器が登場しました。これらの機器は、いずれも医師が五感では直接確認できない身体内部の情報を可視化し、定量化し、記録するという役割を担っています。
さらに近年では、患者に苦痛を与えずに消化管の内部を撮影する「カプセル内視鏡」など、診断精度と患者の快適さを両立させる革新的な技術が登場しています。
こうした技術革新の背景には、医療と工学の融合、すなわち「医工連携」の成果があります。
医療診断機器に関する切手紹介
医療機器の進歩は、世界各国で発行された記念切手にもその足跡を残しています。以下では、診断用医療機器の発展を象徴する7枚の切手をご紹介します。
医療診断機器に関する切手1:日本(1958年発行)
—聴診器と国際医学会議
第5回国際胸部医学会議および第7回国際気管食道科学会議の開催を記念して日本で発行された切手には、当時使用されていた聴診器が描かれています。医療の象徴として、また胸部疾患の診療における第一歩として、聴診器が果たしてきた役割を端的に表しています。
医療診断機器に関する切手2:トランスカイ(1992年発行)
—聴診器の発明者ラエンネック
聴診器の発明者、ラエンネックを記念して発行されたこの切手には、初期の単筒式聴診器が描かれています。簡素な道具ながら、これがいかに診断の質を高め、医師と患者との間に「音でつながる」新たな診療の形を生んだかが想起されます。
医療診断機器に関する切手3:オーストリア(1972年発行)
―心電計を用いた診察
この切手は、心電計を使って患者の心臓の状態をモニターしている様子を描いています。心電図は、静止画ではなく連続する波形として心臓の動きを視覚化することで、見えない異常を発見する手がかりを提供します。
医療診断機器に関する切手4:オランダ(1993年発行)
―心電図の開発者アイントホーフェン
心電図の父、アイントホーフェンを称えるこの切手は、彼の肖像とともに初期の心電計の波形が描かれています。彼の業績は、心臓病の早期発見と治療の礎を築いたといっても過言ではありません。既述のように、彼はこの業績で1924年にノーベル生理学・医学賞を授与されています。
医療診断機器に関する切手5:メキシコ(1978年発行)
—血圧計と健康管理
この切手には、水銀柱を使った古典的な血圧計が描かれています。血圧は生活習慣病の指標として重要であり、定期的な測定は健康維持の基本です。血圧計は医療機関のみならず一般家庭にも普及した数少ない医療機器の1つです。
医療診断機器に関する切手6:東ドイツ(1978年発行)
—検眼鏡の普及者グレーフェ
眼科医アルブレヒト・フォン・グレーフェと検眼鏡(眼底鏡)が描かれたこの切手は、視覚に関する疾患の早期発見に大きく貢献した器具を称えたものであり、現在使用されている検眼鏡も基本構造は同じものです。
医療診断機器に関する切手7:イスラエル(2010年発行)
—カプセル内視鏡の登場
従来の苦痛を伴う内視鏡検査に代わり、カメラを内蔵したカプセルを飲み込むだけで消化管内部を撮影できる「カプセル内視鏡」が登場しています。この革新的技術は、消化器診断の選択肢を広げ、患者中心の医療の実現に寄与しています。
まとめ:医療機器の進化は技術者・医師の努力の積み重ね
診断機器は、医学の進歩とともに常に進化を続けてきました。簡素な器具から精密な電子機器、さらにはAIやロボットと融合した次世代の機器へと発展しつつあります。
これらの医療機器が果たしてきた役割を切手というかたちで振り返ることは、医療の歴史をたどるとともに、人々の命と健康を支えてきた技術者や医師たちの努力に思いを馳せる機会でもあります。
今後も患者にやさしく、精度の高い診断機器の開発が進むことを期待したいと思います。(2025年6月15日掲載)
医学切手研究会は、公益財団法人日本郵趣協会(JPS)の研究会の1つで、医療や公衆衛生に関連する切手を研究・収集している専門グループである。特に、医学的な発見や公衆衛生に対する啓発活動を目的とした切手の発行背景や、社会的影響を探ることに注力する。同研究会では、メンバーによる定期的な研究発表が行われており、医師や医療従事者、切手収集家が集まり、それぞれの視点から医学切手や関連する郵趣材料について考察している。また、機関誌「STETHOSCOPE」を年4回発行し、最新の研究成果や医学切手に関する情報を提供している。