医学切手が語る医療と社会
第3回
結核撲滅のための複十字切手
郵便切手は、郵便料金を前納で支払った証として郵便物にはる印紙であるとともに、郵便利用者に対しアピールできるメディアであるという側面も保持しています。この連載では、医療をモチーフとした切手について、そのデザインや発行意図・背景などを紹介していきます。
はじめに:複十字とは
複十字はもともとロレーヌ十字と言われ、平和と希望のシンボルであり、のちに結核予防のシンボルとして長年にわたり世界的に使用されてきました。
このシンボルは、結核撲滅に向けた公衆衛生活動を象徴するものとして、特に20世紀初頭から普及しました。
複十字シンボルが結核予防の象徴として使われ始めた背景には、国際的な公衆衛生の取り組みがあり、多くの国で複十字をデザインに採用した切手やシールが発行されています。
特に、ベルギーやフィンランドは結核予防切手の発行で知られており、これらの切手は毎年発行され、寄付金付きで販売されて結核撲滅の資金調達に貢献してきました。
一方で、日本では結核切手は発行されていません。しかし、沖縄では、琉球政府時代の1967年に結核予防をテーマとした切手が発行されました。この切手には、検診車に複十字のマークが描かれており、結核対策を象徴するデザインとなっています。
複十字は、結核に対する予防意識を広めるための重要なシンボルとして、世界中で広く活用されてきたことについて実例を通じて見ていきたいと思います
結核切手1: ベルギー(1925年発行)
―複十字切手の先駆
ベルギーは1925年に複十字を描いた最初の結核切手を発行しました。この切手は結核撲滅運動の象徴として、世界で最も早い段階で発行されたもので、寄付金付き切手として販売されました。
ベルギーは、その後もほぼ毎年のように複十字をモチーフとした結核切手を発行し続け、国内外での結核予防啓発に力を入れてきました。
結核切手2: ベルギー(1978年発行)
―健康関連切手としての複十字
ここに示す1978年に発行されたベルギーの結核切手は、健康関連切手セットの一枚です。
この時代には、結核に加えて他の健康関連のテーマも切手の図案に取り入れられるようになり、複十字切手は徐々に健康切手の一つとして位置づけられるようになりました。
結核切手3: フィンランド(1947年発行)
―戦後の結核予防啓発
フィンランドもまた、結核撲滅のための切手発行に熱心に取り組んだ国の1つです。
1947年に発行された結核切手は同国として初期の部類に属し、切手1枚の売上ごとに1フィンランドマルカが寄付金となる仕組みです。これ以降も公衆衛生改善運動の一環として、結核予防啓発を目的にさまざまな魅力的なデザインの切手が発行されました。
この切手は紙幣印刷などと同じ、凹版印刷の切手です。切手の図案はアールネ・カリヤライネンが担当し、凹版彫刻はアレクサンダー・ラウレーンが担当しています。
結核切手4: フィンランド(1981年発行)
―複十字の継続的なシンボル
1980年代に入っても、フィンランドは結核予防のための切手を発行し続けました。
1981年の切手は、複十字が描かれた最後期の結核切手の一つです。この頃には、公衆衛生の向上により結核の流行が減少していましたが、それでも予防の重要性を訴えるシンボルとして複十字が使用され続けました。
切手に描かれているのは、フクシア(フクシア・ヒブリダ)の花で、鉢植えやハンギングバスケットなどで栽培されます。
結核切手5: 沖縄(1967年発行)
―検診車を描いた複十字切手
日本では結核切手として発行されたものは存在しませんが、アメリカ統治下の沖縄では琉球切手として1967年に結核検診車を描いた切手が琉球結核予防会創立15周年記念として発行されました。
この切手には複十字が検診車のボディに描かれ、結核予防における診断の重要性が強調されています。沖縄では、公衆衛生向上のキャンペーンの一環として、この切手が発行されたのです。
結核切手6: 北マケドニア(2022年発行)
―21世紀における結核切手の例外的発行
近年では、結核予防のために切手を発行する国は少なくなっていますが、例外的に北マケドニアなどの旧ユーゴスラビア諸国では、結核切手が発行されています。2022年に発行された切手もその一例です。
ただし、これらの切手は、公衆衛生啓発のためというよりも、外貨獲得を目的とした発行が主な意図となっていると見られています。それでも、結核が依然として重要なテーマとして扱われている点は注目に値します。
なお、同国はユーゴスラビア崩壊後、1991年に独立したとき、当初は「マケドニア共和国」と名乗りましたが、ギリシャは反発し、国名問題が生じました。マケドニアはアレクサンダー大王の故郷であり、ギリシャにとって重要な文化的アイデンティティを持っています。
その後、国際的な仲介を受け、2018年6月に両国は「プレスパ合意」を結び、国名を「北マケドニア共和国」に変更することに合意しました。2019年2月12日、北マケドニアは新しい国名を正式に採用し、国際社会でも広く受け入れられました。
日本における複十字シールの歴史
日本における複十字シールは、結核予防運動を支える象徴的な存在でした。
結核が「国民病」と呼ばれるほど深刻な社会問題となっていた時代に、1939年に設立された結核予防会が、結核対策の啓発と資金調達を目的に、結核予防を目的とするシール類を発行し始めました。
これは、郵便切手とは異なり、郵便物に貼ることができる寄付金付きのシールで、購入することで結核予防活動を支援する仕組みになっていました。
●複十字シールの活動
結核予防会は1952年から毎年複十字シールを発行し続けてきました。
これらのシールは、特に結核に苦しんでいた時代の日本において、多くの人々に購入され、結核予防運動に必要な資金を集めました。シールを通じて結核予防活動に対する国民の理解が深まり、結核対策の進展に大きく寄与しました。
(2024年11月30日掲載)
医学切手研究会は、公益財団法人日本郵趣協会(JPS)の研究会の1つで、医療や公衆衛生に関連する切手を研究・収集している専門グループである。特に、医学的な発見や公衆衛生に対する啓発活動を目的とした切手の発行背景や、社会的影響を探ることに注力する。同研究会では、メンバーによる定期的な研究発表が行われており、医師や医療従事者、切手収集家が集まり、それぞれの視点から医学切手や関連する郵趣材料について考察している。また、機関誌「STETHOSCOPE」を年4回発行し、最新の研究成果や医学切手に関する情報を提供している。