デジタルヘルスの今と可能性
第88回
デジタル時代で勝ち抜く
先進的マーケティング戦略
「デジタルヘルス」の動向を考えずに今後の地域医療は見通せない。本企画ではデジタルヘルスの今と今後の可能性を考える。
ショート動画成功の秘訣は教育とエンタメの融合
クリニックにおけるデジタルマーケティングは、今や基本的なウェブサイトやSNSアカウントの運用を超え、より洗練された戦略へと進化しています。今回は、デジタルリテラシーの高いクリニック経営者や事務長向けに、最新の先進的マーケティング手法について3つ掘り下げていきます。
まず1つ目として注目すべきは「ショートフォーム動画コンテンツ」の台頭です。
TikTokやInstagramリール、YouTubeショートなどの短尺動画ブラットフォームは、従来のYouTubeチャンネルとは異なる特性を持ち、より広範な潜在患者層へのリーチが可能になっています。たとえば、米国では「医師TikToker」の先駆者であるDr.Austin Chiang(消化器科医、130万以上のフォロワー)や皮膚科医のDr.Muneeb Shah(1700万以上のフォロワー)、產人科医のDr.Danielle Jones(120万人以上のフォロワー)など複数の医師が数百万のフォロワーを獲得し、専門知識をわかりやすく伝える存在として注目されています。日本でもこの流れは確実に広がりつつあります。
ショートフォーム動画成功の秘訣は「教育とエンターテイメントの融合(エデュテイメント)」とされています。単なる知識伝達ではなく、15~60秒という短い時間で視聴者の注意を引き、記憶に残る形で医療情報を届ける工夫が必要です。
具体的に効果的なものとしては、①一般的な疾患や症状に関する「こんな症状があれば要注意」といった簡潔なアドバイス、②患者さんの頻出質問への回答、③季節性の健康トビック(花粉症対策、熱中症予防など)、④日常的な健康習慣のヒント――などとされています。また、一部のクリニックでは既に、診察室での様子(思者プライバシーに配慮した再現)や実際の医療機器の使用方法、医師やスタッフの人柄が伝わる企画など、来院前の不安を軽減するコンテンツが好評です。このような取り組みは、単なる患者獲得を超えて、適切な医療機関選択のための情報提供という社会的意義も持っています。
生成AIで効率的に患者個別対応を実現する
2つ目として注目したいのが、「生成AI活用によるパーソナライズドコミュニケーション」です。
ChatGPTやClaudeなどの生成AIを活用することで、患者さんごとに最適化されたコンテンツ制作や個別フォローが効率的に行えるようになりました。たとえば、よくある質問へのカスタマイズされた回答テンプレートの作成、疾思別の説明資料、季節に応じた健康アドバイスなど、これまでリソース不足で手が回らなかったコンテンツ制作が可能になります。
特に注目すべきは、患者の同意のもとで収集したデータを基にしたパーソナライズドヘルスコンテンツの配信です。たとえば、糖尿病や高血圧などの生活習慣病患者に対して、AI技術を活用した個別最適化されたアドバイスや管理アプリとの連携により、来院間隔での自己管理をサポートする仕組みも登場しています。
もう一つの新しい活用法として、Googleマップやクリニックポータルサイトでのロコミ返信に生成AIを活用する方法があります。忙しい院長や事務スタッフにとって、一つひとつの口コミに丁寧に返信することは大きな負担ですが、ChatGPTなどを活用することで効率的に対応できます。
具体的には、「感謝の意を表現し、患者の体験に共感を示し、必要に応じて改善策を提示する」といったプロンプトを生成AIに指示し、口コミ内容に応じたパーソナライズされた返信文を作成させます。もちろん最終チェックは人開が行い、クリニックの温かみやトーンを保ちながら、迅速な対応が可能になります。これらの取り組みは患者エンゲージメントの向上と医療アウトカムの改善を同時に実現し、診療報酬だけでは捉えきれない「価値」を生み出します。
LTVを高めて経営の継続性を確保する
3つ目として「コミュニティ構築型マーケティング」も重要なトレンドです。
これは従来の「クリニックから患者への一方向」の情報発信ではなく、「患者同士が繋がり、支え合う場」を提供するアプローチです。たとえば、特定の疾患や健康課題(育児、更年期障害、生活習慣病など)を持つ患者向けのオンラインコミュニティを、クリニックが適切にモデレーションしながら運営するという方法があります。LINE公式アカウントのグループ機能やFacebookグルーブ、専用アプリなどを活用し、定期的なオンライン健康セミナーやQ&Aセッションを開催することで、患者エンゲージメントを高め、クリニックへの継続的な信頼関係を構築できます。
こうした先進的なマーケティングを展開するうえで注目すべきは、「データドリブンアプローチ」です。
単に新しいプラットフォームやツールを導入するだけでなく、その効果測定とPDCAサイクルを回すことが重要です。Google AnalyticsやSNS分析ツールを活用し、①どのようなコンテンツに反応があるか、②どの媒体からの流入が多いか、③実際の来院につながっているか――などを定量的に評価します。さらに、患者アンケートなどの定性データも組み合わせることで、より精度の高い分析が可能になります。
導入コストや時間的制約を考慮すると、外部の専門家(メディカルマーケティング会社など)との協業も選択肢の一つです。近年は医療機関専門のデジタルマーケティングサービスも増加しており、医療広告ガイドラインを熟知したうえでの支援が受けられます。初期投資が必要とはいえ、患者増や診療単価向上、リピート率アップなどの効果を考えれば、投資対効果は十分に見込めます。
特に今一番強調したいのが「YouTube医療チャンネルの開設」の重要性です。
ショートフォーム動画との併用で、より詳細な医療情報を提供できるYouTubeは、クリニックのデジタルマーケティングにおいて「必須」のプラットフォームと言えます。5~10分程度の動画で特定の疾患や治療法について解説することで、SEO効果も高く、患者の医療リテラシー向上にも貢献します。
実際に定期的にYouTube配信を行っているクリニックでは、「動画を見て来院した」という患者が増加傾向にあります。また、一度制作した動画は長期にわたって視聴され続けるため、投資対効果も非常に高いのが特徴です。クリニックの規模や診療科に関わらず、YouTubeチャンネルの開設と定期的なコンテンツ更新は、今後のデジタルプレゼンス確立において最優先事項と言えます。
デジタル時代のクリニックマーケティングは、単なる「患者獲得」から「ライフタイムバリュー(生涯価値)の最大化」へとシフトしています。一人の患者さんとの長期的な関係性を構築することが、その患者を通じて家族や知人への広がり、さらには地域全体に広がります。
クリニックの差別化として、これからさらにデジタルマーケティングが大切になると考えています。(『CLINIC ばんぶう』2025年4月号)
(京都府立医科大学眼科学教室・デジタルハリウッド大学大学院客員教授/東京医科歯科大臨床教授/THIRD CLINIC GINZA共同経営者)
かとう・ひろあき●2007年浜松医科大学卒業。眼科専門医として眼科診療に従事し、16年、厚生労働省入省。退官後は、デジタルハリウッド大学大学院客員教授を務めつつ、AI医療機器開発のアイリス株式会社取締役副社長CSOや企業の顧問、厚労省医療ベンチャー支援アドバイザー、千葉大学客員准教授、東京医科歯科大臨床准教授などを務める。著書は『医療4.0』(日経BP社)など40冊以上