デジタルヘルスの今と可能性
第86回
保険診療一本はリスクが高い
ビジネス視点での戦略再構築のススメ

「デジタルヘルス」の動向を考えずに今後の地域医療は見通せない。本企画ではデジタルヘルスの今と今後の可能性を考える。

超少子高齢社会が到来
10年後には医療崩壊の危機も

最近、このままの保険診療の医療モデルは、もうあまり長く続かないのではないかと考えています。自分の感覚としては、なんだかんだもってあと10年くらい。このままでは2035年くらいには医療崩壊をしてしまうのではないかと感じています。
それは、1960年代の国民皆保険制度創設期に前提としていた「若い人が高齢者を支える」社会構造と、今の日本社会の実情に大きな乖離が生まれているからです。当時は、高齢者の数が今ほど多くなく、労働人口である若者が高齢者を支えることが十分に可能でした。しかし、現在は高齢化率が30%を超える勢いで上がっている一方で、生産年齢人口は急激に減少しているのが実情です。
この流れが続いていくと、近い将来、医療費を含めた社会保障費全体の膨張が避けられないうえ、特に地方の医療現場では経営的にも人材確保の面でも綻びが顕在化しています。
さらに、インフレ傾向が急激に進んでおり、物価や人件費が上昇するなかで、保険診療については“点数単価はあまり変わらないのに、コストだけが右肩上がり”という事態に陥りつつあります。クリニック経営者である先生方や事務長の方々は、すでに経営的な圧迫を肌で感じているのではないでしょうか。

もうひとつ見逃せないのが、2024年から本格化している医師の働き方改革です。
勤務医の働き方の規制が進むことで、これまで彼ら彼女らによって支えられてきた夜間や週末の診療体制が維持できなくなるケースが増えてきました。実際、一部の病院では、人員不足によって夜間救急を休止したり、診療科を統合せざるを得なかったりする事態が発生しています。こうした動きは当然ながら地域のクリニック経営にも影響し、外来患者の紹介元や連携先が減るなど、地域医療全体のバランスが崩れていく可能性があります。

成長に向けて必要なのは医療とビジネス視点の融合

このような状況を目前に控え、「結局もう医療費を増やすしかないのではないか」という声も聞こえますが、国の財政状況を見れば、それも簡単ではありません。
保険診療のフィー(診療報酬)は簡単に上がらず、医療従事者の給与アップもままならない。結果として、クリニックの開業医や事務長の方々が抱える経営リスクは増大する一方です。逆に言えば、こうした制約下でも生き残る、いやむしろ成長していくためには、何かしら新しい発想や体制が必要だと考えられます。

ここで注目したいのが、“ビジネスを毛嫌いしない視点”です。
医療は“聖域”であるとの考え方が強く、「営利追求は不謹慎」「患者さんにお金をいただくのは申し訳ない」という意識を持つ医療者も少なくありません。
しかし、ビジネスの視点は“金儲け”という狭義の概念にとどまらず、“持続可能に価値を提供する仕組みをつくる”というより広い視点を含んでいます。たとえば、患者さんの満足度を高めるサービスやオンライン診療の導入などは、結果的に診療報酬外の付加価値を生み出すビジネスモデル”と捉えることができますし、医療を続けていくうえでは欠かせない経営的視点とも言えます。
実際、「医療とビジネス視点の融合」の統合を果たしているクリニックはすでに存在します。たとえば、AI問診ツールを導入して外来の効率化を図ったり、自費診療のメニューを加えることで収益を多角化したり、オンライン診療を活用して遠隔地や忙しい患者層へのアクセスを拡大したりといった取り組みです。
これらは単なる「儲け第一」の施策ではなく、患者さんの利便性向上とクリニックの経営安定を同時に実現する方法でもあります。
保険診療の枠組みに縛られすぎると、こうしたアクションの必要性に気づきながらも一歩を踏み出せないケースが多いのではないでしょうか。

医療の境界を超えた連携がイノベーションを生み出す

こうした“ビジネス的視点”を少しずつ導入することは、医療の公共性や倫理性を決して損なうものではありません。むしろ、持続的に地域で診療を続け、患者さんを守り続けるためには、“稼ぐ力”と“社会的価値”の両立が不可欠です。

日本の医療は、デジタル技術の遅れや少子高齢化といった構造問題に直面していますが、逆に言えばここには大きなイノベーションの余地があるとも言えます。地域の医療を再生するには、外部の業界と組んで新たなサービスを生み出すなど、医療の境界を超えた連携が有効です。
現在、多くのクリニックは在宅医療やオンライン対応など、新しい取り組みを一部で始めてはいますが、まだまだ部分的なケースが多いと感じます。
社会の変化が急速である一方、医療分野の変化はスピードが遅く、気づけば“働き方改革やインフレ、デジタル化”に追いつけなくなるリスクが高いのです。このままの状態であと10年経過したとき、果たして自院は地域で必要とされる存在でいられるのか。今から一度しっかり検証してみる必要があります。

大切なのは準備である
まず成功事例に学ぶべき

何よりも大事なのは、「予測」ではなく「準備」をしておくことです。2035年に医療崩壊が来るかもしれないし、もう少し早まるかもしれませんが、クリニック一つひとつが事前に手を打っておくことで、地域の医療を守る力はかなり変わると思います。
デジタルヘルスの取り組み方、従業員の働き方改革の進め方、新たな収益源の探し方――など、どれをとってもビジネスの視点をうまく取り入れることで、単なる“救世主的な外部支援”を待つのではなく、自らの力で活路を切り拓く可能性が出てきます。
結局のところ、医療をどう持続させるかは、“社会全体の課題”であると同時に、“一つひとつの医療機関の課題”でもあります。

1960年代の発想を引きずったままでは、医療従事者も患者さんも不幸になりかねません。今こそ、クリニックの経営者や事務長の皆さんには、「医療とビジネス視点」の両立が医療を救う道だという思考をもって、新しいアプローチを検討していただきたいと思います。どう稼ぐかは、“どう存続し、どう患者さんを幸せにするか”につながる重要なテーマです。
もちろん、ビジネスやデジタルに慣れていない先生方も多いでしょうが、すでに成功事例を積み上げている医師やクリニック、企業も増えてきています。こうした事例に学びながら、まずはできるところから着手していくのがいいと思っています。

「あと10年で崩壊するかも」と嘆くばかりではなく、10年後も今と変わらずに診療を続けられる環境を自分たちの手でつくり出す。そうした前向きな行動が、地域医療を維持し、新たな価値を生み出す一歩になるのではないかと最近強く考えています。(『CLINIC ばんぶう』2025年2月号)

加藤浩晃
(京都府立医科大学眼科学教室・デジタルハリウッド大学大学院客員教授/東京医科歯科大臨床教授/THIRD CLINIC GINZA共同経営者)
かとう・ひろあき●2007年浜松医科大学卒業。眼科専門医として眼科診療に従事し、16年、厚生労働省入省。退官後は、デジタルハリウッド大学大学院客員教授を務めつつ、AI医療機器開発のアイリス株式会社取締役副社長CSOや企業の顧問、厚労省医療ベンチャー支援アドバイザー、千葉大学客員准教授、東京医科歯科大臨床准教授などを務める。著書は『医療4.0』(日経BP社)など40冊以上

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