デジタルヘルスの今と可能性
第85回
経営の効率性を爆上げする
生成AIの可能性を考える

「デジタルヘルス」の動向を考えずに今後の地域医療は見通せない。本企画ではデジタルヘルスの今と今後の可能性を考える。

文書要約・マニュアル作成…生成AI活用の5つのポイント

2023年頃から、Chat GPTをはじめとする生成AI(Generative AI)が社会で大きな話題を集めている。
この生成AIは質問に対する自然な回答や文章作成、要約、アイデア出しなど、多彩な能力を持ち、医療業界においてもその可能性が注目されつつある。これまでも医療現場ではAIに関して画像診断支援や問診支援などが話題になっていたが、今回の生成AIはさらに広範な業務に応用できる可能性を秘めている。
今月は生成AIがクリニック経営や日常診療にどのようなインパクトを及ぼし得るのか、その活用シナリオや留意点を改めて整理しようと思う。特に地域医療を担うクリニックにおいて、生成AIがどのような「支援ツール」となり得るかを考えることで、次世代の医療経営に役立つ視点を提供していきたい。今回生成AIがクリニックにもたらすこととして、5つのポイントを考えてみた。

Point1

事務作業を効率化する資料作成や情報整理
まず、生成AIは自然言語での入出力が可能であり、多くのテキスト処理タスクが得意だ。クリニック経営者や事務長、スタッフにとって煩雑な「文章作成」「説明文の整備」「報告書の下書き」などの業務は、生成AIの得意分野である。
たとえば、新しい検査機器導入時に患者向けリーフレットを作成する場面を想定する。従来は医師やスタッフが時間をかけて専門用語をわかりやすく変換し、レイアウトも考える必要があった。しかし、生成AIを活用すれば、専門的な情報を噛み砕いたわかりやすい説明文の原稿を瞬時に得られるのだ。もちろん最終的な責任を持つのは人間だが、下書き段階の時間短縮は大きい。
また、保健所や行政への報告、スタッフ向け研修テキストの要約作成なども生成AIが支援可能だ。膨大な量のガイドラインや学会資料を入力し、その要点をまとめさせれば、日常業務の大幅な効率化につながる。

Point2

医療情報の下調べやガイドライン要約での活用
生成AIは多くのテキストを学習しているため、新たな診療ガイドラインや行政通知などを理解する際に使うと便利だ。たとえば、新しいオンライン診療のルールや診療報酬改定事項について生成A―に要約させれば、忙しい医師や事務長は短時間で概要を掴めるようになる。もちろん、AIの出力が正確とは限らず、必ず原典を確認する必要があるが、「とりあえず全容を把握する」段階で役立つ。
患者対応においても、一般的な症状や疾患に関する基本情報を生成AIに整理させ、医師は専門的判断を下す。いわば「情報整理ツール」としての使い方も考えられる。これについても、AIが与えた情報は正確でないこともあるため、必ず医師や専門スタッフが検証し、補完する必要はある。

Point3

患者説明資料の作成サポートコミュニケーション支援
患者説明において、医療用語を平易な表現に変える作業は医師やスタッフにとって手間がかかる。こうした場合、生成AIに「小学生にもわかるように」「高齢者にも理解しやすく」といった指示をすると文体を変更できる可能性がある。
たとえば、慢性疾患を抱える患者に生活指導を行う場合、生成A―に専門用語を分かりやすくしてもらい、その文章をもとにパンフレットを作成すれば、患者コミニケーションの質向上が期待できる。また、多言語対応のAIを使えば、外国人患者への簡易説明資料作成も容易になる。このように、生成AIは患者との「伝わるコミュニケーション」をサポートする一助となり得ると考えている。

Point4

スタッフ教育
マニュアル整備への応用

スタッフ教育は、クリニックを安定的に運営していくためには欠かせない。既存のスタッフマニュアルや院内手順書を入力し、「新入職員向けの要点整理」「特定の業務フローの簡略化」「Q&A形式のトラブルシューティング」などを生成AIに出力させれば、教育資料作成の手間を省くことができる。また、スタッフからのよくある質問への回答を整理し、FAQ集を作る際にも活用可能だ。「受付が忙しい時にはどう対応するか」「オンライン診療の予約トラブル時の手順」など、実務に即した資料を短時間で整備できる。

Point5

プライバシー・セキュリティエビデンス評価に注意が必要
生成AIのメリットを中心に話をしてきたが、課題もある。まず、入力する情報に患者の個人情報を含めないようにすることだ。外部のムーサービスを利用する際には、プライバシーやデータセキュリティの観点から、患者特定情報を直接入力することは避けなければならない。
また、生成AIが提供する情報は、必ずしも正確とは限らず、時に誤情報や非医学的な回答を生成する場合がある。医療情報については特に慎重であるべきで、AI出力を鵜呑みにせず、医師の確認を経たうえで患者やスタッフに提供することが必須である。今後、行政や学会が生成AI活用に関する指針を示すことも考えられ、それらを注視し対応する必要がある。

生成AIは、現時点で完璧なツールではないが、日常業務の一部を効率化し、情報整理,資料作成・患者コミュニケーション改善などに役立つ潜在力を持つと考えている。クリニックとしては、まずどのような業務に生成AIを活用するか、利用範囲を明確化するとともに、個人情報や機密情報の入力を避けるなどのデータ入力のルールを整備する必要がある。
併せてAIの出力を適切に解釈するスキルを養うスタッフ教育や、定期的にAI出力の品質を検証していくことも必要だ。これらの取り組みを通じて、生成AIを安全かつ有効に取り入れることが可能になっていく。テクノロジーが進歩し続けるなか、生成AIを活用しているか否かが、今後のクリニック経営の大いなる差別化ポイントになる可能性もある。

生成AIの出現は、医療現場に新たな可能性をもたらしている。この技術を上手く使いこなせば、クリニックの業務効率とサービスは大幅に向上する。一方で、誤情報やプライバシー、法的課題には注意が必要だ。現時点では「便利ツール」「参考ツール」と位置付けられ、必ず人のチェックが必要だが、積極的に試行することは、次世代のクリニックの変化(AIトランスフォーメーション)に適応していくことにつながる。生成AIはまだ発展途上の技術だが、その可能性を最大限に引き出すための一歩を、今のうちから踏み出していくことを考えてもらいたい。(『CLINIC ばんぶう』2025年1月号)

加藤浩晃
(京都府立医科大学眼科学教室・デジタルハリウッド大学大学院客員教授/東京医科歯科大臨床教授/THIRD CLINIC GINZA共同経営者)
かとう・ひろあき●2007年浜松医科大学卒業。眼科専門医として眼科診療に従事し、16年、厚生労働省入省。退官後は、デジタルハリウッド大学大学院客員教授を務めつつ、AI医療機器開発のアイリス株式会社取締役副社長CSOや企業の顧問、厚労省医療ベンチャー支援アドバイザー、千葉大学客員准教授、東京医科歯科大臨床准教授などを務める。著書は『医療4.0』(日経BP社)など40冊以上

TAGS

検索上位タグ

RANKING

人気記事ランキング