デジタルヘルスの今と可能性
第81回
注目されるパフォーマンスヘルス
生産性を上げる医療の可能性
「デジタルヘルス」の動向を考えずに今後の地域医療は見通せない。本企画ではデジタルヘルスの今と今後の可能性を考える。
個人の健康状態を最適化しパフォーマンスを向上させる
今回は、「治療」から「予防」へと重点が移行するなか、さらに一歩進んだ新たな概念として注目を集めつつある「パフォーマンスへルス」についての話をします。
この概念は、病気の治療や単に病気を予防するだけでなく、個人の健康状態を最適化することで、仕事や日常生活におけるパフォーマンスを向上させることを目指しています。
「パフォーマンスヘルス」という言葉自体、まだ一般的ではありませんが、アスリートのコンディション管理のような手法を一般のビジネスパーソンに応用しようとする、その考え方は徐々に広がってきています。では、具体的にパフォーマンスヘルスはどのようなものがあるでしょうか。
まず、デジタルテクノロジーの活用が挙げられます。ウェアラブルデバイスやスマートフォンアプリを使用して、日々の活動量、睡眠の質、心拍変動などのバイタルデータを継続的にモニタリングします。
たとえば、Apple WatchやFitbitなどのスマートウォッチを使用して、1日の歩数や運動量、心拍数の変化、睡眠時間とその質を記録し、これらのデータを分析することで、個人の健康状態やストレスレベルをリアルタイムで把握し、最適なコンディションを維持するための助言を提供することができます。
DNA解析でタイプを把握し最適な食事や運動を提案
次に、個別化された栄養管理や運動プログラムの提供も行われています。遺伝子検査や血液検査の結果をもとに、個人に最適な食事プランや運動メニューを作成します。たとえば、DNA解析により代謝タイプや栄養素の吸収効率を把握し、それに基づいて個別の食事メニューを提案したり、血液検査で明らかになった栄養素の過不足を補うためのサプリメント摂取プランを立てることもできます。
運動プログラムも、個人の体力レベルや目標に合わせて、有酸素運動と筋力トレーニングのバランスを取ったメニューを作成し行ってもらいます。これにより、栄養管理や運動が単なる減量や筋力增強だけでなく、集中力の向上や疲労回復の促進など、仕事のパフォーマンスに直結する効果を狙うこととなります。
さらに、パフォーマンスを向上させるためにはメンタルヘルスケアも重要な要素です。ストレス管理や睡眠の質の向上は、ビジネスパーソンの生産性に大きく影響します。
具体的には、マインドフルネスアプリを活用した日々のメディテーションの実践や、睡眠の質を向上させるための睡眠の管理やリラクゼーション技法の指導などが行われます。また、仕事中のストレスレベルをモニタリングし、高ストレス状態が続く場合には適切な休憩を促すシステムの導入なども考えられます。
このようなコンディションの管理やパフォーマンスの向上を目的とする医療は医師の新しい役割とも言えると考えられます。
これらを統合的に実践するには、従来の疾病治療や予防医療・抗加齢医学の知識に加え、患者一人ひとりのニーズに合わせたアドバイスを提供することが求められます。たとえば、定期的な健康診断の結果を単にA~Eなどの評価や異常の有無を判断するだけでなく、個人のパフォーマンス向上の観点から解釈し、具体的な改善策を提案することが求められます。
社食の献立や休憩時間など生産性を上げる環境提案も可能
健康診断や血液検査の結果から、エネルギー代謝や免疫機能に影響を与える栄養素の状態を分析し、仕事の生産性向上につながる食事アドバイスを行うことも可能です。一例を挙げると、ビタミンDの摂取量が少ない肥満の方にビタミンDを摂取してもらい、有意にテストステロンの値が上昇したという報告もあります。
また、患者の職業や生活スタイルを考慮し、デスクワークが多い人には座りっぱなしの弊害を防ぐための運動ブランを提案するなど、仕事の特性に合わせた健康管理プランを作成することもできると考えます。
さらにこれは個人を対象としたものだけでなく企業の従業員全体を対象にもすることが可能です。企業の健康経営担当者と連携し、職場環境の改善や健康増進プログラムの策定にも関与することができます。たとえば、オフィスの照明や温度管理が従業員の集中力や生産性に与える影響を分析し、最適な職場環境づくりのアドバイスや、社員食堂のメニュー改善や、効果的な休憩時間の設定など、企業全体のパフォーマンス向上につながる施策を医学的見地から提案することも可能です。
医療の役割は治すだけではない
生産性の向上にも貢献可能に
パフォーマンスヘルスの実践は、デジタルテクノロジーによって可能になったことが多くあります。遠隔医療システムを通じて、患者の日常的な健康データをモニタリングし、必要に応じてタイムリーなアドバイスを提供するようなこともできます。
ウェアラブルデバイスで収集された心拍変動データから高ストレス状態を検知し、リラックス法のアドバイスを即時にスマートフォンに送信するといったことも実現できます。また、AI技術を活用した健康リスク予測や、個別化された健康改善プランの自動生成なども、近い将来、多くの人が使うものになると考えています。
このようなパフォーマンスヘルスの概念は、個人の健康と企業の生産性向上を同時に実現する可能性を秘めています。
たとえば、ある大手企業では、従業員にヨガや瞑想クラス、睡眠改善プログラム、健康的な食事提供などを実施しました。その結果、欠勤率が22%減少し、生産性が7.5%向上したとの報告があります。長期的には医療費の削減効果も期待でき、社会保障費の抑制にもつながる可能性があります。
繰り返しますが、パフォーマンスヘルスは、個人の健康増進と社会の生産性向上を両立させる新たな医療のあり方です。この概念を地域医療に取り入れることで、住民の健康寿命の延伸と地域経済の活性化を同時に実現できる可能性があります。
今回、先生方に知っていただきたいのは、病気を治すという医療だけでなく、健康な人のパフォーマンスを高めることにも医療を使うようになってきているという時代の変化です。私としては医療が拡大されてきていると感じています。パフォーマンスヘルスの実践には、最新の医学知識とデジタルヘルス技術の習得が必要ですが、「患者一人ひとりの健康とパフォーマンス向上を支援する」ことは自費診療ですが、これまでにない価値の医療サービスを提供することになると考えています。(『CLINIC ばんぶう』2024年9月号)
(京都府立医科大学眼科学教室・デジタルハリウッド大学大学院客員教授/東京医科歯科大臨床教授/THIRD CLINIC GINZA共同経営者)
かとう・ひろあき●2007年浜松医科大学卒業。眼科専門医として眼科診療に従事し、16年、厚生労働省入省。退官後は、デジタルハリウッド大学大学院客員教授を務めつつ、AI医療機器開発のアイリス株式会社取締役副社長CSOや企業の顧問、厚労省医療ベンチャー支援アドバイザー、千葉大学客員准教授、東京医科歯科大臨床准教授などを務める。著書は『医療4.0』(日経BP社)など40冊以上