デジタルヘルスの今と可能性
第80回
厚労省ホワイトペーパーから見る
クリニックのDXの未来と実践

「デジタルヘルス」の動向を考えずに今後の地域医療は見通せない。本企画ではデジタルヘルスの今と今後の可能性を考える。

DX・AI・SaMDとクリニックはどう向き合うか

今回で連載も第80回となる。連載を始めた2017年当時とは異なり、デジタルヘルスや医療DXという言葉は日常的になった。医療業界でもベンチャーやスタートアップという言葉が当たり前のように使われるようになっている。時代が大きく変わってきていると感じる。

今回取り上げる6月に厚生労働省が発表した「ヘルスケアスタートアップの振興・支援に関するホワイトペーパー」(以下、ホワイトペーパー)には隔絶の感がある。厚生労働省がスタートアップ振興を言い出しているのだ。今回はこの内容を詳しく解説しながら、クリニック経営者が取るべきアクションについて話をしていく。

ヘルスケア分野におけるスタートアップ企業の振興・支援策をまとめたもの。これがホワイトペーパーの概要だ。特に注目すべきは、「パイオ・再生医療」「医療機器・SaMD(Software as a Medical Device)」「医療DX・AI」「介護テック」の4つの領域に焦点を当てていることだ。

これらの領域において、合計25の具体的な提言がなされている。そのなかで、クリニック経営に直接関わる可能性が高いのは、主に医療DX・AIと医療機器・SaMDの領域である。このなかから重要な提言を5つピックアップして説明する。

①マイナポータル等の医療データの民間事業者との持続的なAPI連携実現(提言18)

この提言では、PHR(Personal Health Record)サービスの利便性向上を目指し、マイナポータルとの情報連携項目の拡充を提案している。これにより、患者の健康情報をより包括的に把握できるようになり、より適切な診療が可能になる。ただし、電子カルテシステムの更新やデータ連携に関する思者同意の取得プロセスの見直しが必要となってくる可能性がある。

②ヘルスケア分野のAI開発促進に向けたルールの明確化(提言19)

AIを活用した新たな製品やサービスの開発に際し、規制の道用関係の明確化を図ることが提案されている。これによって、AI問診システムやAI画像診断支援システムなど、AIを活用した新しいツールの開発や導入がより容易になると期待されている。
クリニック経営者としては、AI活用ツールの導入計画の策定や、AIに関する知識を持つ人材の育成が必要となる可能性がある。

③病院や健保におけるスタートアップの製品・サービスの導入に関する制約の解消(提言20)

医療機関が民間デジタルサービスを導入する際の審査プロセスの標準化・効率化を目指している。これにより、新しいデジタルサービス導入時に、医療機関でのセキュリティ面での懸念が軽減され、より迅速な導入判断が可能になる。デジタルサービスの導入を増やすためにも導入の評価基準の確立や、スタートアップ企業との協業体制の構築を検討する必要がある。

④SaMDの開発・事業化の制約となりうる業許可規制及び広告規制等の緩和(提言16)

SaMD領域の規制緩和の提案が進んでいくようだ。これにより、より多様なSaMD(例:治療用アプリ)が開発され、臨床現場に導入される可能性が高まる。SaMDに関する最新情報の収集と評価、SaMDを活用した診療プロトコルの開発を検討していくべきである。

⑤SaMDのエビデンス構築及び医療機関への普及支援(提言17)

SaMDの総合的な評価を行う実証環境の整備が提案されている。これにより、エビデンスに基づいたSaMDの選択が可能になり、SaMDを活用した診療ガイドラインの策定が進むことも期待される。
ホワイトペーパーで示された提言を踏まえ、クリニック経営者は次のような対応を検討する必要があるだろう。

まず、デジタル戦略の見直しだ。現状の課題を洗い出し、デジタル化で解決できる問題を特定することから始めるのがいい。短期的、中期的、長期的な目標を設定し、段階的な導入計画を立てることが重要だ。同時に、デジタル化に伴うコストと期待される効果を試算し、具体的な投資計画を策定する。これらの作業を通じて、自院に最適なデジタル製品の導入や投資の方向性が明確になっていくはずだ。

次に、人材育成とチーム体制の構築だ。スタッフのデジタルリテラシー向上のための研修計画を立て、継続的な教育を行っていこう。また、デジタル化推進チームを編成し、責任者を決めることで、組織的な取り組みが可能になる。必要に応じて、ITコンサルタントなどの外部専門家との連携も検討していくのがいい。

患者とのコミュニケーション強化も欠かせない。デジタル化に関する患者向け説明資料を作成し、新しいシステムやサービスについて丁寧に説明することが大切だ。また、患者の声を積極的に開き、ニーズを把握することが、より効果的なデジタル化につながる。ブライバシーポリシーの見直しと思者への周知も忘れずに行う。

最後に、新技術の積極的な導入と評価だ。新しい技術の導入を積極的に検討し、導入後は定期的に効果測定を行い、継続的な改善を図ることが大切である。また、スタートアップ企業との協業や実証実験への参加を通じて、最新の技術動向をキャッチアップすることも有効だ。

これらの取り組みを通じて、デジタル化を着実に進めれば、患者サービスの向上と経営効率の改善を同時に実現できる。デジタル化は避けられない潮流だ。この変化を前向きに捉え、積極的に対応していくことが、これからのクリニック経営には不可欠である。

デジタルヘルスの波は、確実に押し寄せてきている。生成AIも含め、この波を脅威あるいは機会と捉えるか、それは私たち次第だ。変化には不安が伴うが、変化に積極的に向き合い、医療の未来、新しい医療の姿を切り拓いていく姿勢が、これからのクリニック経営に求められると考えている。(『CLINIC ばんぶう』2024年8月号)

厚生労働省「ヘルスケアスタートアップの振興・支援に関するホワイトペーパー」より抜粋

加藤浩晃
(京都府立医科大学眼科学教室・デジタルハリウッド大学大学院客員教授/東京医科歯科大臨床教授/THIRD CLINIC GINZA共同経営者)
かとう・ひろあき●2007年浜松医科大学卒業。眼科専門医として眼科診療に従事し、16年、厚生労働省入省。退官後は、デジタルハリウッド大学大学院客員教授を務めつつ、AI医療機器開発のアイリス株式会社取締役副社長CSOや企業の顧問、厚労省医療ベンチャー支援アドバイザー、千葉大学客員准教授、東京医科歯科大臨床准教授などを務める。著書は『医療4.0』(日経BP社)など40冊以上

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