デジタルヘルスの今と可能性
第78回
Med-Geminiの登場によって
見えてきた医療の未来の姿

「デジタルヘルス」の動向を考えずに今後の地域医療は見通せない。本企画ではデジタルヘルスの今と今後の可能性を考える。

国試合格レベルを誇る生成AI「GPT-4」が登場

生成AIの登場によって、これからの医療はどのように変わっていくのでしょうか――。今回は時代の転換点となる生成AIとそれによる医療への影響について共有していきます。医療の形が根本的に変わる時代を生きる身として、今回の記事で将来を考えたり、AIの活用を始めたりしてもらえたら幸いです。

まず、生成AIの時代の大きな転換点だったのが、2023年3月14日にOpenAIがリリースした「GPT-4」です。もともと22年10月にChatGPTはリリースされていましたが、GPT-4は想像を超える性能を持った、まさに時代を変えるAIだと感じました。実際、GPT-4の性能は非常に高く、司法試験で上位10%の成績を収め、日本語の性能も向上。日本やアメリカの医師国家試験においても、合格レベルに達しています。

インターネットと同様に生成AIが世の中を変える

読者の皆様はどの程度AI(生成AI)を活用されていますか。今後必ず生活の一部になっていくものだと考えています。
23年12月のGMOによるリサーチでは、生成AIの認知率は63.6%、利用率は16.6%(有料版の利用率は5%)でした。実は、インターネットの利用率が、1998年は13.4%、99年は21.4%、2000年は37.1%(22年は84.9%)で、生成AIの普及状況は、インターネットが普及し始めた2000年前後に似ています。当時を知る皆様はわかると思いますが、これから劇的にこのテクノロジーが広がっていき、日常で当たり前になっていきます。
過去20年の間に、インターネットは世の中を大きく変化させました。1985年から2020年にかけて、ISDNからADSLを経て光回線へと通信速度が向上し、テキストからブログ、動画、メタバース、NFT、仮想通貨、WEB3、DAOへと、インターネット上のコンテンツや技術も進化を遂げてきています。

正答率で人間に勝った医療AI「Med-Gemini」

そんななか、さらに衝撃的なニュースが飛び込んできました。24年4月20日、Googleが「Med-Gemini」を発表したのです。
これは過去に発表されたすべての医療AIを超える性能を持ち、14手法のうち10手法でState-of-the-Art(SOTA:製品や科学などの、ある特定の専門技術領域において現時点での最先端レベルの性能であること)を達成しています。
たとえば、アメリカの医師国家試験に相当するデータセットのMedQAデータセットの性能評価では、過去最高の91.1%の正解率を記録。このデータセットでは7.4%の曖昧な設問や表現があることが指摘されており、それら除外すると99.2%の正解率に達したのです。
NEJM CPCの症例セットでも、Med-Geminiは自身の知識から回答することも、Web検索をしてその結果を踏まえた考察から総合的に回答することも可能であり、人間の医師を圧倒的に上回る正解率を示しました。
たとえば、内科の症例問題だと、人間vsAI(Med-Gemini)では1疾患を答える場合、検索なしで15.5%vs24.5%、検索ありで24.5%vs33.4%、通常の臨床のように候補疾患を多く挙げて考えることを想定し、10疾患を答える場合では、検索なしで34.6%vs64.8%、検索ありで47.8%vs74.8%という結果でした。

また、Med-Geminiはテキストだけでなく、X線、CT、病理、心電図、遺伝子解析など、さまざまな画像による診断も可能です。さらに、動画をインプットさせるとその動画の解説をすることもできます。もちろん生成AI特有の業務改善もお手のもので、退院サマリや医学サマリの自動作成、紹介状の自動作成、医学文書の一般人向けの解説といった得意な領域で、AIと人間医師の結果を比較すると、AIの回答の方が、質が高いと評価されることが多いことも明らかになっています。
24年5月時点で、多くの“普通”の医師の能力を上回るAI(診断・治療方針の決定)が存在するともいえます。AIの精度は年々向上していくでしょう。

2030年には変わる患者と医療機関の関係性

私はこれら生成AIの登場を受け、改めて“医師の機能”を考えるようになりました。
医師の主な機能を大きく3つ挙げると、①診断や治療方針を考えて決める、②身体所見のデータを取る、③ヒューマンインターフェイス(共感など)を提供する――でしょう。しかし、①の診断や治療方針に関しては、正しいデータがあれば、将来的にAIの方が精度は良くなります。GPT-4が現時点で日米の医師国家試験に合格していることがその証拠です。
②に関しては、身体所見データを客観的に収集できるデバイス、たとえば口の中や咽喉を見るカメラ、胸の音を聴診する聴診器のようなレコーダーなどがあれば、医師の身体診察の一部の機能は代替可能になっていきます。
③はすでにAIの方が共感される回答をする可能性もあるというChatGPTで論文もあります(Ayers,et al.JAMA InternMed2023)。

現在、普通の医師の能力にMed-Geminiが近づき、同等に迫るなかで、日本では、マイナンバーカードを活用して個人が自分自身の医療データを管理するPHRを活用した医療DXが政策的に進められています。これにより個人が自分自身で採血結果やX線やCTの画像、心電図の結果を把握し、調子が悪いときは動画やチャットで症状を入力することで、AIに診断や治療方針を伺えるようになっていきます。
2030年頃には、個人が「人間医師よりも先に自分の医療デー夕をAIに判断してもらう」のが当たり前になる可能性があります。言うなれば、“かかりつけ医”が自分自身とAIということになり、医師は遠隔でその結果に対するアドバイスをしたり、追加の検査のために来院を促したりするような動きをするようになるかもしれません。

30年に向けたAIによる医療変革において、個人が質の高い医療データ(検査データ)をどれだけ自分自身で持てるかが大切になります。一方、一般的な医療機関は、質の高い医学検査を受ける場所となっていく可能性もあります。医療の未来像として、検査のみを行うクリニック(管理医師は不要)や、患者の家に看護師さんが訪問して医学検査を行ったり(その後にオンライン診療を行うD to P with N)、家庭用医療機器を使って患者が自分で自分の医学検査を行ったり(その後にオンライン診療を行うD to P with M)などが考えられます。これらはすべて、30年前後に起こりえる未来です。
今後、検査、身体診察、診断・治療方針決定、治療という医療行為のうち、診断・治療方針決定の大部分はAIが担うようになると考えています。身体診察の多くも医療機器が担えるようになると、医療機関での主な医療行為は検査や治療になるでしょう。

今回は30年に起こりえる未来の医療の姿について書きました。「行き過ぎ」と思うところもありますが、AIの発展はこの予想を上回るかもしれません。黎明期と言える今こそ、AIを率先して活用してもらいたいと思います。(『CLINIC ばんぶう』2024年6月号)

加藤浩晃
(京都府立医科大学眼科学教室・デジタルハリウッド大学大学院客員教授/東京医科歯科大臨床教授/THIRD CLINIC GINZA共同経営者)
かとう・ひろあき●2007年浜松医科大学卒業。眼科専門医として眼科診療に従事し、16年、厚生労働省入省。退官後は、デジタルハリウッド大学大学院客員教授を務めつつ、AI医療機器開発のアイリス株式会社取締役副社長CSOや企業の顧問、厚労省医療ベンチャー支援アドバイザー、千葉大学客員准教授、東京医科歯科大臨床准教授などを務める。著書は『医療4.0』(日経BP社)など40冊以上

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