DATAで読み解く今後の方向性 地域医療・介護向上委員会【特別編】
第72回
社会保障制度の
持続可能性を再考する⑩

2024年診療報酬改定はプラス改定で決着したが、財務省主導による医療費抑制政策は今後も進められていくのだろう。複数回にわたり、医療を含む社会保障制度の持続可能性について検討してみたい。

規制緩和で経営の合理化を進める余地は大きい

2024年の診療報酬改定は最終的にはプラス改定に落ち着いたが、財務省主導による医療費の抑制は今後も進められていくのだろう。今回はその最終回ということで、規制緩和を含め、まだ取り上げていなかった点をいくつか指摘する。

日本の医療・介護は60兆円にも膨らんだ巨大な規制産業である。昔から日本医師会をはじめとする業界団体が強大な政治力を有しており、なかなか規制緩和が進んでいない。
もちろん、規制保護が医療機関の経営者の利権や医療従事者の生活を守っていた側面があることは私も十分に理解している。しかし、公定価格であり、財政も厳しいなか、産業の人的生産性が上がらず、給与も上がらないという現状をつくっている背景には、さまざまな規制があるという見方もできるだろう。
たとえば、医学部は新設が30年以上認められず、いわゆる岩盤規制の一つといわれてきた。そのほかにも、以下のようなさまざまな規制がある。

●株式会社が医療機関を運営することはできない(ただし、実態として、株式会社が運営している医療機関は多くあり、最近ではCUCのように上場する企業まで現れている)

●医療法人の理事長や医療機関の管理者は、原則として医師のみが就任可能である(理事長は知事の許可があれば、医師以外でも就任可能)

●混合診療(保険診療と保険外診療の併用)は原則として認められていない

●薬剤師の処方権は認められていない

●病棟の看護師の配置など、医療機関では人員配置要件が細かく定められており、人的生産性向上の余地が小さい

これらについて規制を緩和すれば、問題が解決するというつもりはない。しかし、医療法人は、非営利原則のもと、配当が禁止されている。また、株主からの出資という概念がないため、資金調達の手段が銀行などからの融資に限られてしまう。そのため、財務の安定性確保や戦略的投資が難しい状況にある。
こうした医療経営にかかわる、さまざまな規制を緩和することによって、病院の経営の合理化を進めることができる可能性はあると考えている。

業界を問わず人手不足人的生産性の向上は急務

また、医療・介護分野における人的生産性の低さも大きな課題となっている。内閣府データによると、2019年の実質労働生産性(1時間あたり)は、全業種5761円に対して、保健衛生・社会事業は3200円となっており、40%以上も乖離している。経年的にみても、過去30年間で、全産業の実質労働生産性が3割以上成長しているのに対して、保健衛生・社会事業はむしろマイナス成長となっているのだ。

全産業において人材不足となるなかで、医療・介護の経済全体に占めるシェアが高まり、生産性の低い医療・介護に人材が集まることになると、全産業の労働生産性が低下することが懸念される。また、業界の給与が相対的に低いとなると、他の産業への流出リスクも高まる。
労働生産性を高めていくためには、病院の統廃合といった提供体制の効率化やAI・ICTの活用、他職種へのタスクシフトなどが考えられる。
規制緩和の観点からは、前述のとおり、人員配置規制も生産性向上の足枷になっている。入院基本料を算定するためには、夜間の病棟において看護師を最低何人配置しなくてはいけないとか、介護施設において入居者に対してケアワーカーを最低何人配置しなくてはいけないとか、さまざまな細かい規制がある。これでは、配置人数を減らして、生産性を高める余地がない。

医療・介護は労働集約型の産業であるといわれる。実際、国民医療費に占める人件費の割合は約50%と高い。
医療費が45兆円として、医療従事者の人件費は20兆円を超える規模と試算されるが、仮に10%生産性を向上させることで人員配置を10%削減することができれば、一人ひとりの給与を10%あげることができるという試算も成り立つ。

医療の充実と健康寿命あまり関係がない?

そもそも、医療・介護はそのアウトカムである健康寿命の伸長に貢献しているだろうか。
1人あたり医療費や人口あたり一般病床数の都道府県間格差をみると、医療費で1.6倍、病床数で2.2倍の格差がある。他方で、健康寿命についてはほとんど差はなく、むしろ比較的医療費が安くて病床数が少ない都道府県の健康寿命が長めになっている。
この事実を知ると、年間60兆円もの公費をかけて、国民皆保険制度を維持していくことによって、どれだけ国民の健康に寄与できるのだろうか、疑問を持つ方も出てくるだろう。
医療従事者は、医療の発展が長寿社会をつくってきたと主張したいだろうが、実際には、食生活のような生活水準の向上による部分が大きいと思われる。

さまざまな規制緩和によって、保険外サービスを含めて、新しいサービスや市場を生み出すことが期待される。このまま今のバッチワーク的な医療制度や提供体制の改革を進めていけば、公的給付の抑制に伴って、従事者の給与はジリ貧になるだろう。経営合理化や保険外サービスの充実は、産業としての競争力確保、ひいては従事者の給与アップにつながることが期待される。
医療・介護に限ったことではないが、日本はサービスの価格が安い傾向にある。今後は、サービスに見合った負担をしていくということが、基本原則となっていくだろう。美容医療にはあれだけのお金を払うのに、出産・子育ては、何でも無償化(=くれくれ)というのは通用しない。
本連載が、持続可能な社会保障制度を改めて考える機会になれば、幸いである。(『CLINIC ばんぶう』2024年12月号)

石川雅俊
筑波大学医学医療系客員准教授
いしかわ・まさとし●2005年、筑波大学医学専門学群、初期臨床研修を経て08年、KPMGヘルスケアジャパンに参画。12年、同社マネージャー。14年4月より国際医療福祉大学准教授、16年4月から18年3月まで厚生労働省勤務

TAGS

検索上位タグ

RANKING

人気記事ランキング