DATAで読み解く今後の方向性 地域医療・介護向上委員会【特別編】
第72回
社会保障制度の
持続可能性を再考する⑧
2024年診療報酬改定はブラス改定で決着したが、財務省主導による医療費抑制政策は今後も進められていくのだろう。複数回にわたり、医療を含む社会保障制度の持続可能性について検討してみたい。
医療費給付抑制に向けて勧められる7つの施策
2024年の診療報酬改定は最終的にはブラス改定に落ち着いたが、財務省主導による医療費の抑制は今後も進められていくのだろう。
前回に引き続き、給付の抑制の観点から、定量的な視点を交えて論じていく。
前回、給付の抑制の矛先として、病床の再編、診療報酬の包括化、終末期の医療・介護の保険適用の見直しが行われた場合インパクトが大きいことを紹介した。今回は、これらの他に考えられる施策について7つ紹介する。
1.歯科医療の保険適用範囲の大幅な縮小
歯科医療は、日本では当たり前のように公的な医療保険が適用されているが、海外では公的な保険でカバーされない国もある。歯科医療の保険適用範囲の縮小は、患者に虫歯にならないよう予防への注力を促すなど、医療費の負担を抑えようという行動変容を促す効果がある。
2.ジェネリック医薬品のさらなる推進
日本では政策的な誘導を行ってききた結果、ジェネリック医薬品の置き換えは、数量ベースで81%に達している。これまでの医療費抑制効果は、年1兆7000億円という試算もある。後発薬の薬価を半分以下と仮定すると、全て置き換われば、さらに年1兆円圧縮する余地がある。
3.在宅医療におけるタスクシフト・オンライン化の推進
在宅医療における効率化の余地が大きい部分として、医師による患者宅への訪問頻度が多い点が挙げられる。
日本では、症状が安定した在宅患者に対して定期的に医師が訪問しているが、これは諸外国と比べて特殊な状況だ。看護師訪問への置き換えやオンライン診療の活用によって、医師による患者宅への訪問を必要最小限に抑えることができるだろう。
4.重複処方・多剤投与の削減
本来患者が飲むべきではない薬の処方が増えることによって、それを飲む者には健康上の問題が発生し、飲まない患者には「残薬」が増えて、医療費の無駄が起こっている。
たとえば、多剤投与の実態として、高齢になるほど薬剤数の多い患者の割合が増加する傾向がある。75歳以上の院外処方を受ける患者の約4分の1で、7種類以上の薬剤が処方されたという報告がある。このような高齢者の現状に着目して、65歳以上で5種類以上服薬している患者が、1種類減薬した場合の医療費の適正効果は、年間5730億円になると推計されている。
多剤投与に関する新たな基準・ガイドラインを設けるとともに、電子処方箋導入やマイナンバーカードによる処方情報の共有によって、重複処方や多剤投与が改善する事が期待される。
5.湿布薬や花粉症治療薬の保険適用の見直し
政府は経済的な観点から一般用医薬品によるセルフメディケーションを促進している。
学者からも、価値の低い医療を保険給付の対象外とすることが提案されている。同提案では、エビデンスに乏しく費用対効果の低い医療に関して、医療の選択肢を確保するため承認は維持しつつも保険給付の対象外とすること、同時に、健康づくりへの給付として、エビデンスが認められた健康づくり活動を給付の対象とすることが提案されている。
厚生労働省は、一般用医薬品への置き換えによって、計3210億円の医療費削減効果が見込まれるとしている。
6.重複検査の削減
重複処方だけでなく、放射線診断や臨床検査といった検査の重複についても、その削減による医療費の抑制が可能だ。
マイナンバーを活用してクラウドに検査の結果を置いておくことで、スムーズな情報共有が可能になる。
また、医療機器への設備投資についても、日本はCTやMRIといった高額医療機器の台数が世界一多いにもかかわらず、機器の稼働は低いことから、医療機器に対する設備投資の抑制も医療費の抑制につながるだろう。
7.予防医療の推進
予防医療が普及した場合、社会にどのようなインパクトを及ぼすかについて、三菱総研が試算を行っている(「2030年の予防医療のインバクト」)。
具体的には、8つの一次予防領域(糖尿病、ニコチン依存症、認知症、うつ病、高血圧、運動不足、肥満、筋力低下による骨折)に焦点を絞り、2030年までに実用化が可能と期待される一次予防技術が社会に普及した場合、疾病がどの程度減るのか。そして、その結果として医療費・介護費がどの程度増減するか。要介護者数がどう変化するのかなどをシミュレーションしている。
試算によると、2030年には約1.5兆円の医療介護費の削減を期待できるということで、内訳としては、薬剤費を含めた医療費が約0.3兆円、介護費が約1.2兆円となっている。医療費よりも介護費の削減に大きな効果が見込まれるとしている。
三菱総研の試算では、寿命自体は大きく伸びず、健康な期間が伸びることで、病気にかかっている期間が短縮され、医療費も多少抑制されると
いう推計になっている。介護費は、要介護に移行しがちな75~80歳の人々のQOLが向上するため、要介護状態になる高齢者数が減って介護費が抑制されるということだ。
次回も引き続き、社会保障制度の現状と課題、今後の方向性を読み解いていく。(『CLINIC ばんぶう』2024年9月号)
参考文献
日本総研「在宅医療の提供体制改革と期待される財政効果」
https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/jrireview/pdf/14823.pdf
日本総研「非効率な医療の特定とその改善に向けた提言」
https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/column/opinion/detail/20221018_noda.pdf
三菱総研「2030年の予防医療のインパクト」
https://www.mri.co.jp/knowledge/mreview/202110.html
筑波大学医学医療系客員准教授
いしかわ・まさとし●2005年、筑波大学医学専門学群、初期臨床研修を経て08年、KPMGヘルスケアジャパンに参画。12年、同社マネージャー。14年4月より国際医療福祉大学准教授、16年4月から18年3月まで厚生労働省勤務