DATAで読み解く今後の方向性 地域医療・介護向上委員会【特別編】
第69回
社会保障制度の持続可能性を再考する⑤

2024年診療報酬改定はプラス改定で決着したが、財務省主導による医療費抑制政策は今後も進められていくのだろう。複数回にわたり、医療を含む社会保障制度の持続可能性について検討してみたい。

日本の社会保険制度は対価性なき状況である

2024年の診療報酬改定は最終的にはプラス改定に落ち着いたが、財務省主導による医療費抑制政策は今後も進められるだろう。そこで今回は社会保障制度改革の現状と今後の方向性について、論じていく。

社会保険は「対価性」のない状況になっており、制度として財政的には破綻している。社会保障給付費は134.4兆円と一般会計予算を上回る水準にまで膨らんでいる(図)。
公共事業関係費が6.4兆円で、防衛費が5.4兆円だから、ずば抜けた水準にあると言えよう。しかも、その全てが公費支出で、社会保障が政策的にどれだけ重要なイシューか、金額からも想像できるだろう。

図 社会保障の給付と負担の現状(2023年度予算ベース)

出典:厚生労働省

2000年代の初頭に20%程度だった社会保険料の負担率(使用者分を含む)は現在、30%に迫る水準となっている。社会保険料は、年金、医療、介護から構成されており、保険料で足りない分は公費で補填されている。
そもそも、今の社会保険は、高度経済成長期、つまり高齢化率が低い時代に構築されたものだ。超高齢化社会となった現在では「対価性」がない状況になっており、保険として機能していない。また、負担は現役、給付は高齢者に偏った制度になっている。

今後、医療や介護をより必要とする後期高齢者が増加することを考えると、現役世代の負担はさらに大きくなるのは容易に想像できる。また、日本の社会保険は、皆保険制度で、強制加入・強制支払いという意味では、所得税に近いものである。負担と給付に係る、現役世代と高齢者の世代間格差は、このままではどんどん大きくなってしまう。

現役世代が高齢者を支えるこの制度設計は正しいのか

今年生まれた子どもは、税と社会保障に係る受益と負担の差がマイナス3282万円に対して、80歳はプラス2551万円である。後期高齢者は十分な給付を受けられる一方で、子どもたちには「コスパが悪い」状況になっている。若い世代にとって社会保障は、人生で最も高い買い物(しかも強制的な)になっているという見方もできる。

現役世代が高齢者を支えるお金の流れはとても複雑だ。たとえば、医療費は、前期調整額・後期支援金という名目で10兆円もの金額が高齢者に流れている。読者のなかには、毎月払っている社会保険料が、このような形で高齢者の制度の赤字穴埋めに使われているという事実を知らない方も多いのではないか。
仮に、前期調整額・後期支援金を廃止すると、現役世代の健康保険料は半分、雇用主の分も含めて、単純計算で、サラリーマンの手取りは5%上がることになる。

もっとも、廃止した場合、高齢者医療の財源はどうすべきか、という議論もある。これに関しては、たとえば、高齢者の自己負担を全員3割負担にすると、自己負担分が2.5兆円増加し、さらに不要な受診が減るため、医療費は5兆円抑えられるという試算もある。
また、医療経済学的には、自己負担増で受診抑制されても、明らかな健康被害は起きにくいと言われている。高齢者だけでなく、子どもや生活保護者にも一定の負担を求めるべきだ。

厚生労働省は55歳以上と20歳~64歳の比率を例に出し、1962年は9.1人(胴上げ型)だったのが、2023年に1.8人(騎馬戦型)、50年に1.3人(肩車型)となるとの試算を示し、このままでは支える人数が減るためにシニアにも支える側に回ってもらう必要があるとの説明をしている。
毎月自分たちが負担している社会保険料は、自分のためではなく高齢着の社会保障を支えるために使われている。現在の社会保障制度の前提に、皆さんは同意できるだろうか。現在の高齢者は、現役世代のときに多く負担をしていたわけではない。それにもかかわらず、現在の現役世代は、人口構造の変化の影響を受けて高齢者に収入の多くをもっていかれるのだ。

社会保障のあり方そのものを再考すべき

そもそも社会保障とは何かについて、再考しておこう。
自由主義の社会学者ハイエクは、社会保障には限定的保障と絶対的保障があると指摘している。従来、深刻な物質的窮乏への補償である「限定的保障」であった制度の趣旨が、生活水準の安定への補償である「絶対的保障」に広がっていることが問題ではないか。
国家が一律に国民を保護すると、人の苦労は減るかもしれないが、人間の国家への依存が生じ、人間らしくなくなってしまう。社会保障給付費が肥大化するなか、その対象をハイエクの言う「限定的保障」に絞る必要がないか。

社会保障制度の根本的課題は、①公定価格や総量規制、資格制度等、規制ばかりの社会主義的な制度、②実質的に強制徴収である社会保険に加えて公費で補填されることによる利権の肥大化、③官僚も政治家も問違いを認めず利権に配慮した改革の先送り――ではないか。

現状の社会保障に係る負担の世代間格差を踏まえて、特に高齢者の自己負担増加や給付適正化は進めるべきだ。同時に、非効率な医療・介護提供体制の再構築や混合診療の解禁といった規制緩和を通じた成長産業としてのヘルスケアビジネスの発展を邪魔しないことが重要である。他方、同時に現役世代の社会保険料を引き下げ、実質賃金を上げていかないと、日本経済の停滞や少子化は止まらないと思う(『CLINIC ばんぶう』2024年7月号)

石川雅俊
筑波大学医学医療系客員准教授
いしかわ・まさとし●2005年、筑波大学医学専門学群、初期臨床研修を経て08年、KPMGヘルスケアジャパンに参画。12年、同社マネージャー。14年4月より国際医療福祉大学准教授、16年4月から18年3月まで厚生労働省勤務

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