デジタルヘルスの今と可能性
第58回
時代や社会の変化に気づき
「時代遅れ」ではない「常識」を
「デジタルヘルス」の動向を考えずに今後の地域医療は見通せない。本企画ではデジタルヘルスの今と今後の可能性を考える。今回は、医療DXの動向と、医療機関や医師が従来抱えてきた「常識」のあり方について考察した。
医療DXを前に問われる医療界、医師の「常識」
医療DXの動きが、この秋にますます活性化しそうだ。
「経済財政運営と改革の基本方針2022」(以下、「骨太の方針22」)において、首相を本部長とした関係閣僚で構成し設置されると書かれた「医療DX推進本部(仮称)」が、10月もしくは遅くとも11月には設置されるらしい。
ここでは「全国医療情報プラットフォームの創設」や、「電子カルテ情報の標準化」などの医療情報システムの整備が主導されるはずであり、23年4月から医療機関で原則義務化が決まったオンライン資格確認は、その第一歩となる。
今までに医療機関における「常識」があったなら、それを一旦ゼロベースで考えて判断をする時期に来ているのかもしれない。しかし、なかなかそれが難しい。
この「常識」というのは、個人だけで形成されるわけではない。正確には個人を含んだグループによって常識が形成されていく。
マーケティングの業界では「近代マーケティングの父」や「マーケティングの神様」と言われるフィリップ・コトラーが、購買行動に影響を与える要因のなかで「準拠集団」と表現しているように、家族、友人、職場の同僚などが購買行動に影響を与えているし、必ずしも自分1人で買うものを決めているわけではない。
この行動に限らず、個人を含んだグループで考え方が共通化していくのである。
そのため、その人の常識が時代の移り変わりによって古くなってしまう「時代遅れ」という現象は、個人だけに生じるものではない。グループで常識を形成しているゆえに、「時代遅れ」になるときはグループごと時代遅れとなるのだ。
そして、他のグループの動向や社会の変化を知らなければ、自分たちのグループが時代遅れになっているのかどうかまったく気づかない。医療界、特に医師は概して、この「グループごとの時代遅れ」が起こりやすい構造であると考えている。
本誌を読んでいて、さらに本を読まれている先生方は、医師全体から見ても例外的で、あまり当てはまらないかもしれないが、多くの医師は医師同士だけのコミュニティーに属していることが多く、他の業界の変化を知ることができる環境にない。
もちろん、それは当然といえば当然で、毎日朝から診察や回診を行い、1日中病院や診療所で仕事をして、夜にようやく帰宅する日々。また、製薬会社などの周辺企業の担当者と話す時間はあるかもしれないが、これらは主に営業としてかかわるだけで、基本的には自院だけで経営していくことができる。
これが、通常の会社だと自社だけで成り立つことは絶対になく、周囲と連動しながら進める必要があるため、否が応でも社会の変化に晒される構造にあるのだ。
それぞれの個人が考える「正解」の形は異なっている
ここまで、長々と前置きしたが、シンプルに言うと、多くの医師は社会の変化を感じられていない。周りの医師を見ながら行動していると、周囲が社会の変化についていけていなかった場合、その人も一緒についていけなくなってしまうのだ。
今までは、それでも実害がなかったかもしれない。日本は「失われた30年」と称されるように、ここ近年は経済成長もほとんどなかった。たとえば、お金で考えても、物価も上がらなかったためにタンス貯金の金額が目減りすることはなかった。変化しなくても変わらなかったのである。
しかし、社会が変化し、たとえば、インフレが起きて物価が全体的に2倍になったりすれば、タンス預金しているままでは半減する可能性がある。周りが変化している場合、「自らも何か変化をする」ことをしなければならない。
では、どうするのかというと、「自分で社会の状況を見て、自分で考えてみませんか」と提案したい。周りの顔色を見ながら、周りと足並みを揃えて進んでいくと、今後は周りと一緒に、もしくは自分だけが泥沼に沈むことが大いにあり得る。
診療所経営での一例を挙げるなら、たとえば、自由診療事業を始めてみる、サプリメントの取り扱いを始める、医局以外の別ルートから非常勤医師を確保する、診療所を拡大するのではなくあえてダウンサイジングする――など。
これらは、周囲の医師から「なぜ?」とか、一部否定的な意見をもらうことがあるかもしれない。しかし、自分が決めた診療所や自分自身の医師としての将来像に進むのなら、それは「その人にとっての正解」なのだ。
社会が変わりつつあるため、周りの人々がそれぞれ思う、「その人なりの正解」は1つではなく、それらが自分の考える「正解」と違うことが普通にあり得るようになってきているからだろう。
そのため、周りに合わせていると「自分としては不正解」になるかもしれないのだ。
周囲の情報を読み込み「自分で考える」力を養う
これは、あくまで私見だが、私が本連載を始めた5年前よりも、本誌が社会に求められる度合いは大いに増したように感じている。診療所経営に対して、さまざまな取り組みや視点を提供している、この『クリニックばんぶう』だが、5~10年前における、さまざまな経営的な取り組みは院長のプラスアルファの意欲的な取り組みで、普通のことを普通にやっていれば、診療所経営自体はうまくいっていた。
それが今は、診療所経営に向けたさまざまな情報が掲載される、名実ともに総合情報誌となっており、周囲の取り組みを参考にしながら自院の取り組みを「自分で考える」機会となる、とても良い雑誌になっていると考えている。私も今では毎月隅から隅までしっかり読んでいる雑誌の一つだ。
もうすぐ本連載も、6年目に突入していく。いよいよデジタルヘルスや医療DXの本番となる時代がやってきた。
読者である診療所院長の皆様の、「自分で考える」を少しでも助けるために、私も引き続き、有用な情報や考えを共有していきたいと思っている。(『CLINIC ばんぶう』2022年10月号)
(京都府立医科大学眼科学教室・デジタルハリウッド大学大学院客員教授/東京医科歯科大臨床教授/THIRD CLINIC GINZA共同経営者)
かとう・ひろあき●2007年浜松医科大学卒業。眼科専門医として眼科診療に従事し、16年、厚生労働省入省。退官後は、デジタルハリウッド大学大学院客員教授を務めつつ、AI医療機器開発のアイリス株式会社取締役副社長CSOや企業の顧問、厚労省医療ベンチャー支援アドバイザー、千葉大学客員准教授、東京医科歯科大臨床准教授などを務める。著書は『医療4.0』(日経BP社)など40冊以上