デジタルヘルスの今と可能性
第57回
次世代の医療ニーズに応えられる
診療所モデルの構築を模索する

「デジタルヘルス」の動向を考えずに今後の地域医療は見通せない。本企画ではデジタルヘルスの今と今後の可能性を考える。今回は、今年4月に開院した診療所をモデルケースに、未来の診療所経営や医療の提供に求められるあり方について考えていく。

実際の開業を通じて医療DXのモデル創出へ

ここ2カ月の本連載では、「骨太の方針2022」や、「規制改革推進会議の答申」といった国の動向に関連して、医療DXやオンライン診療の進展に関するトピックスを中心に取り上げてきた。しかし、今月の内容はそこから一風変わって、今後の診療所経営について、私が考えていることについて話していこうと思う。

本連載でも以前報告したが、私は今年4月から、銀座に「THIRD CLINIC GINZA」という診療所を開業した。
医療DX時代のモデルクリニックにするべく、自分が今考えている診療所でのデジタル利活用の取り組みをふんだんに取り入れている。新規開業のため、ゼロベースから診療所を創ることができたため、もちろん、依頼した建築士の最終見直しは十分してもらったうえで、建物の図面も思いどおりに考えてみた。
患者さんの動線や、予約から察フローに関しても、診察体験がよくなるように工夫を凝らした。
診察券も使わない体制にしたり、会計もクレジット決済だけではなく、現金払いを希望される方のために自動精算機も導入したり、後払いにも対応できるようにしたり。
もちろん、オンライン診療も実施できるようにしている。事前に定型の問診だけではなく、チャットで患者さんが診療所に質問することも可能にした。

私は著書の『医療4.0』で、2030年に向けた医療の姿の一つとして、「多角化」を挙げていた。医療が日常に広がっていくものとしていたため、当院も利便性が良い場所にと、銀座のなかでもユニクロやロフトなどが近くに並ぶエリアに開業した。また、本院が流行ると分院を展開していくのが現在の定石だが、今後は分院ではなくオンライン上拡大していくという考えから、現実の診療所は1つしかつくらないだろうことを前提に、その1診療所に関しては大きな間取りにしておこうと、家賃は高いものの200㎡の場所に定め、診察も7室設けた。

オンライン診療の普及で診療所設計も変化していく?

「THIRD CLINIC GINZA」という院名にも思惑がある。たとえば、「○○産婦人科」や「○○レディースクリニック」としてしまうと、診療科が限定されてしまう。現在は、産婦人科や小児科だけだが、将来的にはオンライン上の総合病院のような位置づけで、すべての診療科が揃うような体制を整えていくために、「THIRD CLINIC」という名称としたのだ。
2030年くらいになれば、おそらくオンライン診療の割合が半数近くになっているのではないかと予想している。
診療所の図面を検討しているとき、そのようにオンライン診療が多く活用されるようになった未来では、待合室の座席数もおそらく、従来の診療所の半数近くで事足りるようになっているのではないかと思ったため、前述した7つの診察室に対して、待合室の座席数は28席しか用意していない。
今のところ、時間予約制や混雑状況の表示、LINEでの状況のやり取りなども行ったうえで、待ち時間はほぼない状態で診察を回すことができている。

急激なインフレも懸念し保険診療外の収益確保を

診療所を経営するなかで、私が現在一番懸念しているのが、保険診療と自由診療の割合だ。
たとえば、この先急激なインフレが起きたときに、国が保険診療の点数を変更したり、新しい点数を創設しようとすると、どうしても対応が遅くなってしまう。インフレが起こると、相対的に保険点数の固定化された料金は安くなってしまうため、診療所経営にとっ大きなダメージとなる。
ここで私が危惧しているインフレとは、20~30%増程度のレベルではなく、100円だった物価が3000円になってしまうくらいの規模だ。
現在の日本の経済政策を見るに可能性がまったくないわけではなく、診療所経営者として、そのような想定も持たないよりは持っておくべきではないだろうか。

さて、こうした想定への対応策として、当院では主に2つの取り組みを行っている。一つは、よくある話だが診療メニューとして、開業当初から美容皮膚科(美容外科手術をともなうものではない)を行っている。
美容専門クリニックのように美容を前面に出して集患するものではなく、従来の保険診療の患者さんのなかで、希望者がいれば行うという路線だ。美容皮膚科は、しみ取りや脱毛、リフトアップなどだが、これらのニーズは私が当初思っていたよりも、女性だけではなく男性にも広がっていた。
上記は一つの例だが、診療所自体が価格を決定できる自費診療のメニューは今後、診療所のコンセプトに合わせて何かしら用意していてもいいと思われる。
二つ目の、当院の保険診療外の収益源は、企業との製品・サービス開発だ。私自身がアイリス株式会社というAI医療機器ベンチャーを共同創業して、医療機器やデジタルサービスを創っていくなかで感じたのが、診療所での実証の場を探すのが難しいということだ。
診療所では最適化された患者さんのフローがあるため、慣れていない新サービスを導入しにくい。そこで、「THIRD CLINIC」では企業との機器やサービスの開発を一緒に行ったり、すでに開発された機器やサービスの試用、その改良案をアドバイスしたり、事業のコンサルティングも行っている。
これが、銀座の好アクセス立地であることや、診察室が7室もあることなどとも併せて、案外診療所の収益に貢献している。

従来と同じ診療所像で将来のニーズに応えられるか

こうしたインフレの懸念だけではなく、24年には医師の働き方改革も控えており、医療を行う環境は大きく変わることが予期される。保険診療以外の診療所における収益源の確保策として、当院では前述のような取り組みをすでに始めている。
さらに、医療の形が予防医療にシフトしていけば、「患者さんが病気になってから、受診して医療を受ける」ものからも変わっていく。診療所も、既存の保険診療のみで経営が成り立っていけば一番良いのだが、本当にそれで将来的にも大丈夫なのだろうか。
診療所のあり方も変わっていく時代に入ってきたと感じている。(『CLINIC ばんぶう』2022年9月号)

加藤浩晃
(京都府立医科大学眼科学教室・デジタルハリウッド大学大学院客員教授/東京医科歯科大臨床教授/THIRD CLINIC GINZA共同経営者)
かとう・ひろあき●2007年浜松医科大学卒業。眼科専門医として眼科診療に従事し、16年、厚生労働省入省。退官後は、デジタルハリウッド大学大学院客員教授を務めつつ、AI医療機器開発のアイリス株式会社取締役副社長CSOや企業の顧問、厚労省医療ベンチャー支援アドバイザー、千葉大学客員准教授、東京医科歯科大臨床准教授などを務める。著書は『医療4.0』(日経BP社)など40冊以上

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