デジタルヘルスの今と可能性
第47回
コンセプトがないまま
デジタル化する意味はない

「デジタルヘルス」の動向を考えずに今後の地域医療は見通せない。本企画ではデジタルヘルスの今と今後の可能性を考える。今回は、診療所のデジタル化とは何か、改めて考えていく。

改めて振り返るデジタル化の意義

最近、診療所のデジタル化に関する相談を受けることが多くなってきた。自分が40歳になり、同世代の医師が新規開業をしたり親の診療所を継承したりする年齢だから、という理由だけでは説明できないくらい、自院のデジタル化を求めている声を聞く。

「デジタルヘルス」と私自身も声高に発信していたり、巷で「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」という用語が聞かれるようになってきたからかもしれない。いずれにせよ、診療所でデジタル化の機運が高まりつつあることは確かだ。
今回は、このデジタル化について、私が今考えていることや、注意すべきことなどについて話をしていこうと思う。
「AIやIoT、ビッグデータ、ロボティクス――など、第4次産業革命時代のテクノロジーにより社会が大きく変わっていくなかで、医療業界も変わっていかざるを得ない」という旨を書いた自著『医療4.0 第4次産業革命時代の医療』の刊行からもう3年経つ。しか、今も当書は売れ続けていて、つい先日増刷したばかりだ。
紙の書籍であるため、書かれている内容は当然、刊行当時の2018年以前の話にもかかわらず読まれているということは、この領城への関心が高まっているということに他ならない。そもそも、本連載のタイトルにもある「デジタルヘルス」とは、デジタルテクノロジーを活用し医療ヘルスケアをよくするという概念だ。

「デジタルヘルス」は医療・ヘルスケア全般を指し、そのなかで、特に医療領域のことを「デジタル医療」、さらに治療に特化した領域のことを「デジタル治療(DTX:Digital Therapeutics)」と呼ぶ。大まかだが、これらの用語の関係性はわかってもらえただろうか。

デジタル化は「手段」であり「目的」ではない

私が、『医療4.0』を出版した弊害だとも思っている側面として、「テクノロジーを活用することでうまくいく」「テクノロジーを導入しないといけない」と、安直に考えている人も少なくないように思うことだ。

『医療4.0』のなかでも、「テクノロジーを活用することによって今まで解決できていなかった課題を解決することができるかもしれない」とは書いたが、“テクノロジー万能”というようなことは書いてこなかった。
「自院をデジタル化したい」という声からもわかるように、テクノロジーの導入自体が「目的」になっていたりしないかと、改めて警鐘を鳴らしたいと思う。

「WEB問診システムを導入したらうまくいく」「オンライン診療システムを導入したらうまくいく」「AIで何か解決できるのではないか」――などといった考えは間違っていて、“自分の目指す目標に対してデジタルを活用したほうがよかったら活用する”といったスタンスが正しい。デジタル化はあくまでも「手段」なのだ。
DXに関しても、D(デジタル)が強調されがちだが、ここで大切なのはむしろX(トランスフォーメーション)だと私は思っている。経済産業省が公表する「DX推進ガイドライン」からDXの定義を引用すると、次のとおりだ。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのもの、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」

簡単に言うと、「デジタルを活用して、顧客のニーズをもとに業務などを変革し競争優位をつくる」ということだ。ここで言及されている「競争優位」とは、同じ業界や市場の他の企業より高いレベルであることを指す。

それでは、ここから診療所のDXが何かを考えてみよう。診療所の場合は、「診療所がデジタルを活用することで、患者さんのニーズをもとに業務などを変革し競争優位をつくること」と言えないだろうか。これは診療所が普段から行っている別の診療所との競争に他ならない。
さらに簡単に言えば、診療所のDXとは、「患者さんが求める形での診療所の差別化」を図ることなのである。

今こそ診療所のコンセプトに立ち返る

診療所が差別化を行う際に、診療所としてのコンセプトが大事になる。昨年の連載内でも書いたが、「先生の診療所はどういう診療所なのか」「なぜ先生は診療所を開業したのだろうか」ということだ。このコンセプトに合わせて、デジタルツールが必要なときは導入をしたほうが良いし、コンセプトと関係ない場合はわざわざ導入しなくてもよい。

たとえば、地域の高齢患者さんのための診療所で、外来診療に来ることができないときは訪問診療で対応することをコンセプトに掲げている場合は、果たして「診療所のデジタル化」をする必要はあるだろうか。開設した院長自身だけでなく、通院している患者さんも診療所のデジタル化を求めていないかもしれない。

昨年の連載の際にも結論としたところなのだが、今こそ「診療所のコンセプト」に立ち返るべきだと考えている。これからの時代に向けて、「どのような診療所にしたいか」を考え、それに合わせて今の診療所を変革させる必要がある。もちろん、すでに目指す診療所像に近づきつつある場合は、さらなるデジタルの導入や変革は必要ないだろう。

ここで一つ、診療所のコンセプトを考える際のコツを伝授する。自院のコンセプトを真正面から考えられる院長には必要ないと言えるが、なかなかまとまらないという人は、この方法を活用してみてもらいたい。
そのコツとは、「このような診療所にはしたくない」と思うことをリストアップすることである。「やりたくないこと」を思いつく限り挙げていくことで、「目指したい姿」がありありと浮かび上がってくるはずだ。(『CLINIC ばんぶう』2021年9月号)

加藤浩晃
(京都府立医科大学眼科学教室/東京医科歯科大臨床准教授/デジタルハリウッド大学大学院客員教授/千葉大学客員准教授)
かとう・ひろあき●2007年浜松医科大学卒業。眼科専門医として眼科診療に従事し、16年、厚生労働省入省。退官後は、デジタルハリウッド大学大学院客員教授を務めつつ、AI医療機器開発のアイリス株式会社取締役副社長CSOや企業の顧問、厚労省医療ベンチャー支援アドバイザー、千葉大学客員准教授、東京医科歯科大臨床准教授などを務める。著書は『医療4.0』(日経BP社)など40冊以上

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