診療所のWEBマーケティング実践記
最終回
診療所WEBマーケティングのこれからの動向と展望は?
患者の大半がWEBで診療所を検索する時代。WEBマーケティングは、診療所が継続的に取り組むべき重要な戦略の一つだ。本企画では、実際に取り組む診療所のエピソードから、診療所のWEBマーケティングを学ぶ。最終回は、今後の診療所におけるWEBマーケティングへの展望について考える。
今後ますます加速するIT・WEB利活用の重要性
最終回では大変恐縮ですが、「今後の診療所におけるWEBマーケティング」という大テーマで、私見を述べさせていただきます。また、それと合わせて当院における「こころみ」をお伝えします。
当連載でお話ししたとおり、今もWEBマーケティングの重要性は言うまでもなく、今後もますますWEBの影響が強くなっていくのは間違いありません。少しずつ世代交代が進んでいき、今や、70代の方でもスマートフォンを器用に使いこなされています。
まだまだ遅れているとはいえ、予約や問診、受付、会計など、医療界でもさまざまな形でITサービスの導入は進んでいます。それらを組み合わせて運用すれば、診療所でもシームレスなオペレーションが実現する時代はそう遠くないです。従来、開業医の大抵が苦労してきた「ヒト」の問題ですが、これからは、属人的な要素は少しずつ薄れていくでしょう。
昨今話題のオンライン診療も、推進していく流れが加速するのか、それとも実質的に骨抜きになるのかで、今後大きく影響するでしょう。内科は周囲1㎞程度が診療圏ですが、オンライン診療によって範囲は広がっていきます。その結果、分院展開などもしやすくなり、組織的な診療所グループが増えてくるかと思われます。そうすると競合も多くなり、少しずつ「勝ち組」と「負け組」に分かれていくのではないでしょうか。
ただ、そうは言っても「医療は仁術」としての側面もあるため、対面診療のニーズはまだ大きく、common diseaseは今後も「近いから」「慣れているから」という理由で受診されるかと思います。そのため、ゆっくりと二極化していくでしょう。
そんな流れのなか、診療所のWEBマーケティングとしては、次の2つの視点で考えるべきです。
・集患のためのマーケティング(toC)
・採用のためのマーケティング(toD)
まずは、患者さんに受診してもらえないと、診療所事業は成り立ちません。新規患者さんはWEB経由の流入がほとんどのため、WEBの基本的知識が院長には必須となります。さらに、患者さんの目にとまる場所に表示されないと、いくら良い医療をしていても伝わらず意味がありません。そのためには、地道にHPの価値を高めるか、WEB広告を利用するかしかなく、前者は育てる労力が、後者は投資する費用がそれぞれ必要です。
認知されたら、選んでもらうための差別化をしていきます。方法はさまざまですが、当法人では、次のような戦略を取りました。
・情報発信によるブランディング
・ニッチな分野を強調する
当法人での情報発信は、ブランディング目的であり、「この医療機関では客観的な情報発信を積極的にしているため、信頼できる」と、思っていただくためのものす。
そして、ニッチな分野は、内科領域では「血液内科」「呼吸器内科」、心療内科では「あがり症」を取り上げて、専門性をアピールしています。また、正直なところ、当院もまだ十分に行えていませんが、CRM(顧客関係管理)の観点も、より重要になるでしょう。一度受診いただいた患者さんに自院のファンになってもらい、いかに囲い込むかが大切になっていき、診療所向けのITサービスも最近見かけるようになりました。
そして、もう一つの重要な観点が、「採用のためのマーケティング」です。コメディカルスタッフはもちろんのこと、とくに優秀な医師をいかに確保するかは、事業拡大のために重要です。属人的な業務は徐々に減るとはいえ、医療はまだまだ労働集約型産業ですから、人の確保は依然大切です。
医療従事者の特徴として、組織に対するコミットメントが極めて低いことが挙げられます。資格職のため、仕事にあぶれることもないからです。近年は人材不足の影響も受けて、医療事務の採用でも厳しい状況でした。そこでまずは、採用段階で自院がいかに魅力的かを訴えなければなりません。
エージェントに依頼する際も、良い人材を紹介してもらうには、しっかりと魅力が伝える必要があります。そのためには、求職者に応募というアクションを起こしてもらうことを重視し、WEBマーケティングを行う必要があります。当法人でも即席で採用サイトを作成しました。今後、もう少し求職者のペルソナを意識したコンテンツに改善していく方針です。
元住吉こころみクリニックのこれからの「こころみ」
WEBマーケティングにおける大きな流れと、そのなかでの当院のこれまでの取り組みを簡単にご紹介しましたが、今後の事業展開に関しても、これらの流れを意識したものになっています。
たとえば、当法人は今年12月、2つの分院を開業することになりました。一つは、本院と同じビルの別フロアで心療内科の保険診療を行う「武蔵小杉こころみクリニック」。もう一つが、うつ病の新しい治療法「TMS治療」(※1)に特化した、「東京横浜TMSクリニック」です。これらは、単なる事業拡大で始めたわけではありません。
TMS治療は専門家のなかでも誤解されている治療で、美容系クリニックを中心に自由診療で高額な治療が行われていた歴史があるためです。海外では有効な選択肢になりつつある治療が、誤解されたまま浸透しないのは残念に思っていました。一方、製薬企業と利害が相反するため、保険診療での適用拡大も望み薄と考えたのもきっかけでした。
また、3年半ほどの本院の経営で一番苦しかったのは、「ヒト」の問題でした。特に心療内科では、医師に患者さんがつくので、急な退職などがあると、診療の質が著しく低下し、破綻してしまいます。そこで、TMS治療というニッチだが可能性のある分野で組織的かつ誠実に追及する医療機関のポジションが、まだ日本では空白であるため、そこを突き詰めることで、優秀な医療者に魅力を感じてほしいと考えたのです。
診療所を経営してみて、私は経営者には向いていないと痛感しました。誰でも回る仕組みをつくり規模を拡大する路線は性に合わず、社会的な課題を解決する仕事をしたいと考えています。それには結局、「良い人と巡り合うこと」が一番大切であり、時代の潮流としてWEBマーケティングを追求しながらも、さまざまな人に頼り進めていくのが、医療経営の本質ではないかと思います。(『CLINIC ばんぶう』2020年12月号)
※1:TMS(transcranial magnetic stimulation:経頭蓋磁気刺激法)治療とは、電磁石による微細電流で脳に刺激を2与える非侵襲的療法。薬に頼らない、神経症状やうつ病などへの有効な治療法として欧米諸国では用いられており、2019年に保険診療に収載されている。
おおさわ・りょうた●山梨大学医学部卒業。国際医療福祉大学附属病院臨床研修、神奈川県内の精神科病院・診療所で勤務しながら産業医活動を開始。中央省庁や多数の民間企業で嘱託産業医を務め、2017年4月、元住吉こころみクリニックを開院。産業医グループこころみの副代表として、産業医としても活動している。