デジタルヘルスの今と可能性
第36回
デジタル化は表面的なこと
今起きているのは価値観の変化だ

「デジタルヘルス」の動向を考えずに今後の地域医療は見通せない。本企画ではデジタルヘルスの今と今後の可能性を考える。

日本社会のデジタル化は1月半で劇的に進歩した

本連載も今回で36回目だ。ちょうど3年になる。これまで開業医の先生方に知っていてほしいデジタルヘルスの話題をお伝えしてきたが、この3年間で、この1カ月半の変化が最も目まぐるしい。
これまでの2年10カ月に匹敵する。いや、それ以上の変化が9月16日の菅義偉内閣発足によって進んでいる。もはや日本におけるデジタル化は「必ず進む」と言い切ってもいい。

先月の連載で、10月9日に突然、規制改革担当の河野太郎大臣、厚生労働省の田村憲久大臣、デジタル改革担当の平井卓也大臣の3者の会談により「初診でのオンライン診療の恒久化」が合意され、報道発表されたと伝えた。しかし、その後、自民党内では「まだ合意された考え方ではない」という発表があったり、日本医師会としては「かかりつけ医」(ここでのかかりつけ医がどのような機能を持つ医師・医療機関を指すのかは合意されていない)を主軸とした初診オンライン診療なら可能という話が出たり、情報が錯綜している。

11月2日の「第11回 オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直し検討会」においてもこの議論が盛り上がっていた。初診でのオンライン診療の動向に関しては「2020年内に方向性を決定する」と言われており、おそらく次号もしくは次々号で詳しく解説をさせてもらう。日本医師会や各種学会、病院団体を含めた医療関連団体など、さまざまなステークホルダーがオンライン診療に関して多種多様な意見・提言を発表しており、その行方については混迷を極めているのが現状だ。

流通・小売業界ではオンラインが勝ち筋

今回、この連載で考えてみてほしいことがある。社会のデジタル化をはじめ時代の変化と言われるが、果たして「何が変わっているのか」である。先生方の診療所はこの20年、2000年以来どのように変わってきたのか。そしてそれは何のために変化してきたのだろうか――。

社会の変化を象徴するケースを1つ紹介する。
「靴を買うならロコンド~♪」というCMをご存じだろうか? デヴィ夫人を起用したCMで話題になったオンラインでの靴販売の企業である。WEB上で気に入った靴があったら家に取り寄せてみて、サイズがあって気に入ったらそれを購入する――「自宅で試着、気軽に返品」をうたったオンラインでの靴の販売企業で、この企業はもともと実店舗を持っていない。つまりオンラインファーストで始まった靴屋なのである。11年2月にサービスを開始し、6年後の17年3月には東証に上場した。19年の売り上げは約67億円だ。

ここにきてAIやIoT、第4次産業革命などのビッグワードが目立ってきているが、約10年前から他業界はオンライン化・デジタル化の波の中にいるのである。そして、最近では上記のテレビCMはほとんど見なくなったが、同社では販売促進をヒカルなどの大物YouTuberへのインフルエンサーマーケティングに大転換し、さらに業績を伸ばしている。時代に合わせて変化し続けているのである。

なぜ医師をしているのか? 自分の存在意義を再認識せよ

ここで改めて考えてほしい。世の中のデジタル化の波は不可避である。ただし、「自院がデジタル化しないといけないかどうか」というのとは話が別である。デジタルヘルスを専門としている自分がこんなことを言うのも変かもしれないが、デジタル化することだけが正義ではない。社会全体の大きなトレンドとしてデジタル化は進むかもしれない。
しかし、自分がどうするかは選択することができる。それでは社会に置いて行かれるのではないか? それでもいいのではないか。世の中がどうであれ、無理して自分が合わせる必要はないのである。

先生はなぜ開業されたのだろうか。どういう患者さんを救いたくて、幸せにしたくて医師をしているのだろうか。そしてこれからどうしていきたいのだろうか――。
先生が思い浮かべた患者さんに、デジタルやオンラインといった言葉が必要なければ、デジタル化する必要はない。デジタルやオンラインはあくまでも医療提供のための手段の1つであるからだ。一方、先生が思い浮かべた患者さんにデジタルやオンラインといった言葉が必要、あるいは患者さんが求めているのであれば、その患者さんを救う、そして幸せにするために、ちょっと自分のスタイルを変える必要があるのかもしれない。規模を拡大してきた診療所であっても、場合によってはスリム化したほうがいいということもあり得る。

繰り返しになるが、先生はなぜ医師をしているのだろうか? どういう患者さんを救おうとしているのだろうか? 本来的に一番大事なのは自院や自分の存在意義である。その診療所は地域医療に何を提供しようとしているのだろうか。デジタル化やオンラインといったツールの変化ばかりに耳目が集まっているが、それらは表面的な話である。現在起きようとしている真の変化は、価値観の変化だと思っている。言葉に踊らされてはいけない。変化の時代を迎えている今は、もう一度自分の価値観を考え直してもらうのに最適のタイミングなのだと考えている。(『CLINIC ばんぶう』2020年12月号)

加藤浩晃
(京都府立医科大学眼科学教室/東京医科歯科大臨床准教授/デジタルハリウッド大学大学院客員教授/千葉大学客員准教授)
かとう・ひろあき●2007年浜松医科大学卒業。眼科専門医として眼科診療に従事し、16年、厚生労働省入省。退官後は、デジタルハリウッド大学大学院客員教授を務めつつ、AI医療機器開発のアイリス株式会社取締役副社長CSOや企業の顧問、厚労省医療ベンチャー支援アドバイザー、千葉大学客員准教授、東京医科歯科大臨床准教授などを務める。著書は『医療4.0』(日経BP社)など40冊以上

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