今こそ見直すべき診療所の給与体制 Part2-2
これがうちの給与体制だ 事例2 個人と組織の利益を合致させるためティール組織の概念を導入
本業以外の役割業務を評価給与に反映
2018年6月に開業した東長崎駅前内科クリニックは、一般内科のほか、消化器内科、内視鏡内科に対応。腸内洗浄や高周波治療器を整え、腸内フローラ検査も行うなど、自費診療にも力を入れている診療所だ。同院には、吉良文孝院長をはじめ、看護師3人、受付事務4人が在籍し、現在1日約40人の患者を診ている。
給与体制における同院の大きな特徴は、通常業務とは別に“役割業務”を設け、それを給与に反映させている点だ。たとえば看護師の場合、「基本給(勤務継続年数で昇給制度有)」+「資格給」+「能力給(内視鏡検査を行うことができる等)」+「自費診療のインセンティブ」となり、そこに「役割業務に対する賃金」がプラスされる。
具体的な業務は、「秘書」、「写真係」、「広報係」、「イベント係」など。業務内容は、「秘書」の場合は院長のスケジュール管理からスタッフの有給管理などを行い、「写真係」は院内での写真全般を撮る業務で、「広報係」は院内の掲示物の制作・管理業務を担う。1人が業務を兼任するケースもあり、賃金は5000円~3万円が業務内容によって初期からプラスされ、評価によって手当がアップ。3段階までアップ予定だ。何の業務に就くかはスタッフと吉良院長が話し合って決めている。
「役割業務は、『院内にあったらいいね』という業務を、一人ひとりと相談して決めています。あくまで、本人が希望する業務であり、適切な人材がいない場合は、その業務は発生しません。私は、スタッフがやりたいことを仕事につなげ、それを自身の成長につなげてほしいのです。費用は研修の内容によって自己負担額を全体のミーティングを通して決めています」
評価指標は貢献度と本人の成長
役割業務を設置した背景には、“ティール組織”(図)を目指す吉良院長の狙いがあった。
一人ひとりがセルフマネジメントできるティール組織は、近年、「全員の能力が存分に発揮できる」と、日本の先鋭的な企業が導入する、今注目されている考え方だ。
「昔から私自身、上下関係が苦手でしたので、開業時はそれを完全に取っ払いたいと考えていました。そんなとき、上下関係や管理が少ない環境でチームワークが発揮できるティール組織という考え方を知り、導入を決めたのです。そして、一人ひとりが自身にできることをそれぞれ考え、その能力を発揮できる場を提供したいと“役割業務”を設けたのです」
同院の役割業務における評価ポイントは2つ。
1つは、診療所全体の価値が最大化されているかどうか。たとえば、『写真係』であれば、業務を通して自身の写真の腕を上げる“個人の価値の最大化”だけでなく、周りとのネットワークを持ちながら、外部から写真の仕事の依頼を受けるなど、業務によってお金を生み出す“診療所全体の価値の最大化”ができているかに焦点を当てている。
もう1つは本人のやりたいことが実行できているかどうかだ。
「スタッフには『自分が経営者となって小さな会社を運営している意識で臨んでほしい』と言っています。どういう会社であればクライアントに最大の貢献ができて、さらにクライアントから評価をもらえるかを考えるよう伝えています。その会社に賃金を支払っているという感覚です。役割業務の金銭面に関しての評価軸はかなりアバウトに私が決めていて、比較的甘くしています(笑)。あくまでこの業務は自身がやりたいことを実行し、自分の能力を最大化して診療所に貢献することですから、いうなれば、未来への投資です」
評価やフィードバックは3~6カ月ごとに個人面談で行われる。また、適宜の相談はいつでも受け付けている。
全員経営で診療所の価値を高める
ただ、病院や診療所などの医療機関は、ティール組織にはなりにくい業種といえる。診療面だとどうしても医師によるトップダウン方式で進むからだ。
「新型コロナの対応もそうですが、緊急時において判断を下すための医師によるトップダウンは不可欠です。それはそれで必要ですが、当院の場合、一人ひとりが経営者目線に立ち、自立して行動してもらおうと、診療外の部分の決定権はスタッフに委譲しています」
また、吉良先生はスタッフたちにティール組織の考え方を浸透させていく難しさを語る。
「これまでスタッフはフラットな関係性を経験していません。自分で考え方向性を決めたことがないため、人から指示されたほうが楽だと感じるのです。私自身もどこまでアドバイスしていいのか――といった難しさもあります。ある一面で上下関係が発生すると、すべての面で固定してしまいます。完全なフラットではなく、フラットも含めた流動的な上下関係の構築を目指しています」
スタッフが自立して売上に貢献すること。それが一番の願望だと吉良院長は続ける。
「たとえば、当院が監修したサプリメントを販売・フォローをする、栄養指導を自費で組む――など何でもいいのです。どうやったら売り上げが立つのかを考え、そこに面白みやよろこびを感じてほしいのです。ですから、当院は診療所というより、“患者の健康を管理する会社”です。医師の私が患者を診ているというより、全員で診るという発想なので、それにはスタッフにある程度の額面の保証は必要だと考えています」(CLINIC ばんぶう 2020年7月号)
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