医学切手が語る医療と社会
第11回
子どもと健康:未来を育むために
郵便切手は、郵便料金を前納で支払った証として郵便物に貼る証紙であるとともに、郵便利用者に対しアピールできるメディアであるという側面も保持しています。この連載では、医療をモチーフとした切手について、そのデザインや発行意図・背景などを紹介していきます。
はじめに:幼少期に必要なケアについて
幼児期は、心身の成長が著しく進む重要な時期であり、この時期に適切なケアが行われるかどうかは、その後の健康や発達に大きな影響を及ぼします。
例えば、1歳から5歳にかけて、歩行や走行、ジャンプといった運動機能が急速に発達しますが、同時に転倒や誤飲といった事故のリスクも高まるため、家庭内の安全対策が欠かせません。このように保護者や地域社会が子どもを見守り、安全な環境を整備することが求められているのです。
また、子どもは消化機能がまだ十分に発達しておらず、胃の容量も小さいため、栄養バランスを意識した食事が重要です。偏食や過食が起こりやすく、食欲が不安定になりがちなため、保護者は子どもが興味を持てるような食事の工夫が求められます。特にカルシウムやビタミン、ミネラルの摂取は、骨や歯の発育に不可欠です。
乳歯が生え始める幼児期は虫歯のリスクが高まる時期でもあり、食後の歯磨きや定期的な歯科検診が推奨されています。特に保育園や幼稚園での歯磨き指導は子どもが歯の健康を意識する良い機会となります。
口腔衛生は乳歯だけでなく、将来の永久歯の健康にも直結するため、幼少期からの習慣づけが大切です。
幼児期の健康管理と心の発達支援
幼児期の定期的な健康診断と予防接種も欠かせません。健康診断では、身長や体重、視力、聴力、運動機能、言語の発達などをチェックすることで、疾患や成長不良の早期発見・早期介入が可能となります。
麻疹や風疹、水痘などの感染症は幼児期に多く発症するため、計画的な予防接種は公衆衛生上も極めて重要です。
さらに、幼児期は「イヤイヤ期」と呼ばれる自我の芽生えが見られ、感情の起伏が激しくなる時期でもあります。保護者や教育機関が子どもの自己主張を受け止め、安心して感情を表現できる環境を整えることで、情緒の安定と社会性の発達が促されます。
また、保育園や幼稚園での集団生活は協調性や自己表現の力を養う貴重な場となるでしょう。
子どもの健康に関する切手の紹介
幼児期の健康を守るための取り組みは、各国の公衆衛生政策において重要な位置を占めています。感染症の予防、栄養管理、事故防止、そして心のケアといった多面的な支援が、子どもの健やかな成長を支える鍵となります。こうした取り組みの重要性を広く訴えるために、子どもの健康をテーマにした切手が数多く発行されてきました。
以下、幼児期のヘルスケアに焦点を当てた6枚の切手を紹介します。
子どもの健康に関する切手1:アメリカ(2005年発行)
―小児の健康を守る社会の役割
この切手は、小児の健康を守る社会の役割を象徴するデザインです。
人物の表情はシルエットで描かれているため細部は見えませんが、聴診器を当てる医療従事者の真剣な姿勢と、健診を受ける子どもがじっと座る様子が伝わってきます。
全体を包み込むオレンジ色の光が温かみのある雰囲気を醸し出し、子どもたちの健康を見守る社会の優しさを示しています。
子どもの健康に関する切手2:モーリシャス(1988年発行)
―母乳哺育の促進
この切手はWHO設立40周年を記念して発行されたものです。
図案には、母親が赤ちゃんに母乳を与える様子が描かれ、母乳哺育の大切さが温かく表現されています。母乳は新生児や乳児にとって理想的な栄養源であり、免疫力の向上や消化機能の安定に大きく貢献します。WHOはこうした母乳哺育の重要性を広く啓発し、その普及を推進しています。
子どもの健康に関する切手3:ザンビア(1988年発行)
―成長モニタリングと体重測定
幼児の成長状態を確認するためには、体重測定が欠かせません。特に発展途上国では、栄養不足や感染症などのリスクが高く、子どもの発育状態を正確に把握することが命を守るうえで重要な役割を果たします。
この切手は、ユニセフの「子どもの命を守るためのキャンペーン(Child Survival Campaign)」の一環として、ザンビアで発行されたものです。切手には、母親が体重計で幼い子どもの体重を測る様子が描かれ、成長のモニタリングが幼児の健康維持にとって不可欠であることを訴えています。
子どもの健康に関する切手4:パキスタン(1980年発行)
―小児外科医の役割
新生児の中には、一定の確率で内臓などに先天的な奇形を持つケースがあります。こうした先天異常の中には、出産直後に速やかな治療を行わなければ命にかかわるものも少なくありません。そのような状況で活躍するのが小児外科医です。
この切手は、1980年にパキスタンの首都カラチで開催された「小児外科アジア大会」を記念して発行されたもので、幼い命を救う医療の大切さと、小児外科医の重要な役割を伝えています。
子どもの健康に関する切手5:アメリカ(1974年発行)
―子どもの精神発達の支援
子どもの病気は、単に内科的・外科的な問題だけでなく、精神的な課題も含まれます。発達に遅れが見られる子どもには、専門的な支援や適切な教育環境が欠かせません。この切手はこうした特別なケアの必要な子どもたちに向けた社会的な理解と支援の必要性を訴えています。
切手中の「発達に遅れのある子どもは支援できる」というメッセージは、公衆衛生や教育における支援の重要性を伝えています。「Retarded」(知的発達の遅れた)という言葉は現在では差別的とされますが、発行当時は発達障害に関する一般的な表現として用いられていました。
子どもの健康に関する切手6:ニュージーランド(1971年発行)
―虫歯予防と学校での歯磨き指導
ニュージーランドの「ヘルス切手(Health Stamps)」は、国民の健康を守るための寄附金活動を支援する目的で発行されてきた特別な切手です。これらの切手は、通常の郵便料金に加えてチャリティのための寄付金が上乗せされ、その収益が健康関連の事業に充てられました。
1971年発行の1枚は学校での歯磨き指導の様子が描かれており、虫歯(う蝕)予防の重要性を訴えています。子どもの口腔衛生は生涯の健康維持に直結するため、幼少期からのケアが推奨されています。
まとめ:社会全体で支える子どもの健康
小児の健康診断や母乳哺育の推進、成長モニタリング、先天異常への対応、発達支援、虫歯予防など、子どもの健康に関わる幅広いテーマが、切手という身近な媒体を通じて伝えられてきました。
これらの切手は、各国の公衆衛生の取り組みや、社会全体で子どもの健康を支える姿勢を象徴するものといえるでしょう。
子どもたちの健やかな成長は、未来の社会にとって大切なことです。子どもの健康を見守るために、家庭や地域社会ができることは今も変わりません。切手に込められたメッセージが、その大切さを改めて気づかせてくれるのではないでしょうか。
(2025年3月31日掲載)
医学切手研究会は、公益財団法人日本郵趣協会(JPS)の研究会の1つで、医療や公衆衛生に関連する切手を研究・収集している専門グループである。特に、医学的な発見や公衆衛生に対する啓発活動を目的とした切手の発行背景や、社会的影響を探ることに注力する。同研究会では、メンバーによる定期的な研究発表が行われており、医師や医療従事者、切手収集家が集まり、それぞれの視点から医学切手や関連する郵趣材料について考察している。また、機関誌「STETHOSCOPE」を年4回発行し、最新の研究成果や医学切手に関する情報を提供している。